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2010年1月

6月13日 ケシの花

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 フットパスといってもちゃんとした道があるわけではない。ウェールズのフットパスは、崖と牧場の柵との間の狭いながらも自由ま空間を通っていた。ここではゲートを通って牧場に入り、次の石垣の踏み台を越えて畑を通り、またゲートを通って牧場へ、というただ踏み跡を通る道、私有地の通行許可を得ただけの道だ。このあたりでは畑と牧場が半々ぐらい。畑は小麦でも大麦でもないからライ麦かオート麦の畑、じゃがいも、ピーナツ、トウモロコシ、菜種畑。それぞれがヘッジで囲まれた一区画全部に植わっている。

菜種畑は花が終わって固い莢がびっしりついているので、一応踏み跡はあるが歩きにくい。莢が手足に当たって痛いのだ。いかにもようやく通行許可を得ている感じなのだから、踏み跡をそれるわけには行かない。牧場には牛の糞があちこちに散らばっているのでこれも歩きにくい。油断のならない道だ。

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麦畑の緑の中に所々真っ赤なケシの花が咲いている。麦の雑草としてケシが生えるのだろう。ある畑では菜の花が残っていて、そこにケシの花もいっぱい咲いていた。黄色と赤が入り交じってとても美しい。その畑はヘッジの向こうだ。入るわけには行かない。人の侵入も禁じる厳重な生け垣だ。

低い石垣が連なっているところに一部分低くなったところがある。そこをセメントで固めて乗り越える場所になっている。初めての形なのでカメラを構える。と、牛の顔が現れた。なんとその向こうには20頭ほどの牛がかたまっている。やれやれ、また牛の間を通るのか。私も慣れてきた。易しい声でささやきながら牛達の間を通っていく。振り返ると牛達が一斉にこちらを見ている。日本人がめずらしいのだろう。

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イラクサ

 草が茂っている道を歩いている内に、手がヒリヒリし出した。手の甲と腕が赤くなっている。発疹も出来ている。痛い。何だろうと見回すとイラクサだ。葉の刺毛に触れると鋭い痛みを与える植物。日本にもあって名前は知っているが刺されたのは初めてだ。気をつけてみればフットパスのへりに沢山生えている。半袖で歩いているので密生した場所では両腕を上げて歩かなければならない。この日、刺された痛みが夕方まで続いた。だが日がたつ内に草に触れても気にならなくなった。耐性ができたのだろうか。

週刊朝日百科「世界の植物」によると、イラクサはアンデルセンの「王女と11羽の白鳥」の話の中に出てくる。魔法をかけられて白鳥に変えられた兄弟の王子達を、元に戻すための試練として、王女が素手でイラクサの糸を紡いでシャツを作るという。試練になるのはイラクサが触れると痛いからだ。昔ヨーロッパでもイラクサの繊維から布が織られ、また若芽は食用になったという。日本でもイラクサの仲間、カラムシから越後上布が織られ、刺されると痛いミヤマイラクサの若芽は、東北地方ではアイコと呼ばれて食用になる。日本とヨーロッパ、ユーラシア大陸の両端で、刺されると痛い同じ植物を食用にしたり、布に織ったりするという生活技術が存在したのは、どこかに起源があるのだろうか。それとも旧人類の遺産?

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6月13日 グレンヴィル記念塔

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 野原に高い石塔が立っている。グレンヴィル記念塔だ。1643年の市民戦争の際、この近くで王党派軍と議会軍が戦った。王党派がバースの町に退却するとき、グレンヴィル率いる一隊が後衛をつとめ、議会軍を良く撃退した、グレンヴィルはここで死に至る深手を負った云々と記されている。しばらく歩くと木立が現れた。道はその脇を通る。

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 地図によると森の名前はピプリーウッド、木立の入り口にめずらしく大きな看板が立っている。所有者の好意により森の中を歩けます、と記され、アカゲラのような赤い頭のキツツキと鷹、鹿の絵が描かれている。森はフットパスから下って谷に向かって続いており、それほど大きい森には見えないが、中にそんな動物が生息しているのだろう。鹿が出迎えてくれるとは限らないので、寄り道をせずにそのまま進む。

ゴルフ場

 フットパスを挟んで森の反対側にはゴルフ場が広がっていた。数人の男達がプレーをしている。グリーンは牧場とあまり変わらない感じだが、勿論芝が植えられている。厳重に生け垣や石垣で囲われた牧場と違うのは、ゴルフ場の方は一本の針金をめぐらせているだけと言う点だ。人間は外に逃げていく心配がないからだろう。ボールは時々逃げ出すらしく、針金をくぐって探しに来る人がいた。コースの外は野原だからラフである。しまった!と言う感じなのだろう。

 道はそのままゴルフ場の中に入っていく。コースを横切ってフットパスが続く。いいんだろうか。玉が飛んでくる気配はない。人々は二輪のキャリアカーを引いてのろのろ歩いている。ゴルファー達とも笑顔で挨拶をかわす。ザックを背負った男や犬をつれた散歩者がゴルフ場を横切っていくなんて、日本では考えられない風景だ。

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6月13日 ローマ軍のキャンプ跡

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 しばらく歩くと地図の上では鉄器時代の砦の跡という場所があった。丘の上で遥か遠くの丘の連なりを見渡す場所だ。小石の低い石垣があるだけ。別に看板もないのでここがそうだろうと思うだけだ。地図によれば少し離れてローマ軍のキャンプ跡もあるようだ。それも標識がないから分からない。でも見晴らしがいいからこの辺なのだろう。昔は森ばかりだっただろう。イギリスは勿論イタリアもスペインもフランスもドイツも森の国だった。森を切り開いてやっと牧場や畑を作り、人々は森を恐れるように固まって暮らしていた。森にはオオカミがいた。ロビンフッドがシャーウッドの森を根城にしていたように、森は恐ろしい世界かも知れないが、時には支配者から逃れた人々の自由の天地だった。

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 ローマ軍はカエサルの時代にイギリスに侵入すると、その後数世紀にわたってイギリスを支配した。彼らの支配のやり方は軍のキャンプ地を結んで道路を造ることから始まる。それは並の道路ではない。現代でいえば高速道路網のようなものだ。その道路網を通じてローマ文明を広めることになる。勿論それは初めは征服という形を取る。だが征服された人々にも、文明の形の中に入っていけば、ローマ市民権が与えられる。文明の恩恵を受けることが出来るのだ。そのあたりは塩野七生氏の「ローマ人の歴史」に詳しい。

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 この本はローマ人、ローマ帝国、ローマ文明とは何であったか、人類の歴史にとってどんな意味を持っていたのかを真っ正面から問う力作である。歴史研究者は無視するかも知れない。でも歴史に、つまり過去の優れた人々や文化や出来事に関心を持つ普通の読者にとって、面白くなければ歴史ではない。面白さとは何か。それは私たちの心を打つものである。歴史の中には悲惨さ残酷さ愚かしさが満ちあふれている。だがその中に偉大さ美しさもあるのだ。それが私たちの心を打つ。たんなる過去についての正確な知識の積み重ねは感動とは無縁だ。「ローマ人の歴史」は日本人が書いた歴史書としてはもっとも面白いもものの一つと言っていい。塩野氏はローマ文明の素晴らしさに率直に感動している。

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6月13日 一人暮らしの楽しみ

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 私は初めに書いたように、月の半分は一人で暮らしている。慣れると一人暮らしの時間があるのはとてもいいことだ。自炊といっても一人分作るだけだから簡単なものだ。時々おでんやカレーを作って二、三日食べ続けることもあるので、野菜で変化を付けるよう注意している。面倒なのは家の周りの草取り。2週間留守にするわけだから、おろそかにしていると廃屋のようになってしまう。小平から戻ってすぐやればきれいな中で暮らせるのに、生来の怠け者だから帰る頃になってようやく始める。だから私が草取りを始めると、近所の人はそろそろ東京に帰る頃だと思うらしい。

畑を作っているのも草取りの面積を減らすため。作物というものは毎日見てやるだけでも生育が違うものらしい。2週間留守をするということは、草に負けたり、収穫期が過ぎたり、特に夏の作物の場合はひどいことになる。おまけに近年イノシシやハクビシンにやられるようになった。サツマイモ、トウモロコシ、ナス、トマトなど、作れなくなってしまった。野ウサギもよく見かけるし、ジョギング中カモシカに出会うこともある。24年前この地に初めて住んだ頃より、自然の力が強くなってきている。人間の方が負けそうなのだ。

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そんな暮らしを16年も続けていると、小平に戻って2週間もすると一人になりたくなる。家内も私がしばらくいると、もういいという気持ちになるようだ。一緒にいると話したり卓球をしたり散歩したりで、仕事が進まなくなるらしい。そんな頃掛川に帰る。亭主は元気で留守がいい、そういう言葉がある。家内の方も友人達にうらやましがられているようだ。夫婦が年中一緒ではなく、それぞれ一人の時間をたっぷり持ち、自分の世界を持つこと、これが結婚生活を長持ちさせるこつではないか、と私は思っている。死ぬときは一人、こんな感覚が男には必要ではないか。

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6月13日 コンチネンタルブレックファースト

 早朝4時頃から小鳥が鳴き出す。ロンドンのホテルでもそうだった。イカルのようなきれいな鳴き声だ。時間の経過につれて鳴き声がかわっていく。別な鳥が鳴き出すのか。再びベッドに入り目が覚めたのは6時。睡眠が細切れだが別に不都合はない。今日の予定を立てる。二軒の宿があるトマートンまで歩き、そこがいっぱいなら2マイル先のオールドソドビュリーまで歩こう。地図の上ではもう少し大きい村だ。

 身体は少し痩せたようだが体調は上々。左足の親指の内側にマメが出来ていたが、一昨日、針で水を抜いたのでもう何ともない。四国遍路に比べると山登りがないので歩きやすい。

 朝食はサンルームにセットされていた。昨夜、朝食はコンチネンタルかイングリッシュブレックファーストかと聞かれ、イングリッシュブレックファーストと答えると、そちらは調理が含まれるので3ポンド頂く、コンチネンタルは宿泊料金に含まれる、と言うのでコンチネンタルを頼む。こんなことは初めてだ。

 いつものシリアルに牛乳かけ、オレンジジュース、コーヒー、トースト。トーストにはいつものバターやジャムのほかに、バラの蜂蜜の小瓶がついていた。バラの蜂蜜は香りがよくてマイルドな甘さでおいしい。シリアルが出てくるのはイギリスだけじゃないだろうか。

外の芝生の庭の周りにはバラやシャクヤクその他、様々な花が咲いている。宿の大きな白い犬がよってくる。昨夜戻ってきたときには大きな声で吠えていたのに、今朝はこれからお金を貰えると思ってか愛想がいい。目がほほえんでいる。現金なやつだ。食事が終わり支払いを済ませ、青年と握手してスタート。

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 昨夜鐘を響かせていた教会の前に来たとき、ズボンのポケットがジャラジャラ鳴っているのに気が付いた。しまった、部屋のキーを持ってきてしまった。ホテルではキーはフロントに預けるが、B&Bでは部屋の鍵と玄関の鍵を自分で持って外出する。この鍵がかなり大きいのだ。今朝青年に渡そうとして忘れてしまった。すぐ気が付いてよかった。宿に戻り青年に鍵を返して出発。手間のかかることだ。

コッツウォルドウェイ

 また教会にもどって角を左に曲がり、下っていく。地図に従って街の中を少し歩いて牧場のゲートを通ればフットパスだ。丘を下ったり上ったりしながらバースを離れて北に向かう。途中見晴らしのいいところに夫婦連れがたたずみ、バースの方を眺めていた。時々大きな犬を連れた夫婦に会う。ウェールズと同じだ。

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 本当に犬が好きなのだろう。でも奥さんのこともそうなのだろうか。旅立つ前に読んだイギリス人がイングランドを語った本に、イギリス人は妻を湯たんぽだと思っている、だからどうして子供が産まれるのかヨーロッパの七不思議の一つだと書いてあった。歳をとると太りがちな奥さんを、犬と一緒に散歩に連れ出しているのかも知れない。その本によれば近年離婚率が高くなっているそうな。散歩は犬だけと一緒に、と思う男達が増えているのだろう。無理もない。

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6月12日 バースの町で

ジェイン・オースチン

 街の中にジェイン・オースチンが三年ほど住んでいた家があり、今は記念館になっている、と案内書に書いてあった。もう閉まっているだろうが建物の写真だけでもと思い地図を見比べて探す。あった。普通のアパートの一角の一階と二階が記念館らしい。ショウウィンドウには現代版の「自負と偏見」とエッセイ集が並んでいる。何の変哲もない建物だが、オースチン好きの家内のために写真だけ撮る。

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 街の一角で、顔に殴られたような傷をいくつも付けた女が、そばの若い男にしきりに話しかけている。男は一見冷酷な感じだ。人生の深刻な一面を目の当たりにする感じがして目をそらす。旅人は深刻なものとは無縁の軽い存在なのだ。

 街並みは美しいが観光客であふれている。街の中を二十メートル幅ほどのエイヴォン川がゆったり流れている。きれいな石の橋が架かっていて、対岸の歩道にはベンチが並び、休憩している人もいる。私も橋を渡って川岸に下り、ベンチに腰掛けた。川をぼんやり眺めていると町の喧噪を忘れる。遊覧船がやってきた。デッキの上に椅子が並び客があふれ、その前でバンドが軽音楽を演奏している。大聖堂はすぐ目の前、ほかの教会の尖塔も見える。陽が少し傾いて、陰影がくっきりしてきて、周囲の丘の緑が色濃くなっている。

 目の前を中国人や東南アジア人の若者の二十人ほどの一団が談笑しながら通ってゆく。リーダーらしき人もいるようだから語学学校の生徒かも知れない。ロンドンでもここでも中国人の若者が多い。本土だけでも日本の十倍の人間がいるのだから、急速に豊かになりつつある階層の子どもたちが、大挙して外国に出ているのだろう。お金持ちの一人っ子、国家を昔から信用しない国民だから、チャンスがあれば子どもを外国に出すのだろう。

教会の鐘

 八時を過ぎたので、まだ陽がさしているが宿に戻ることにする。いつも夕方七時頃には眠くなり、ベットで寝てしまう。そして二時頃に目が覚めてしばらく日記を書き、それからまた一眠りと言った生活をしているので、陽が暮れる前に眠くなるのだ。B&Bに近づいたとき突然鐘が鳴り出した。すぐ近く、B&Bの裏手の方だ。行ってみると古い教会がある。オールセイント教会と看板に書いてある。高い鐘楼の前に行くと扉が半開きになっている。中では五,六人の男女がそれぞれ垂れ下がったひもを引いている。力がいるようだ。上で揺れている鐘が見える。

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 教会の敷地内の墓地の芝生に腰掛けて鐘の音に聞き入る。鐘がわずかのずれでほぼ同時に鳴っているので、メロディがあるようでいてよく聞き取れない。鐘が鳴りっぱなしなのだ。昔からこのあたりの丘に鐘が鳴り響いて、時を告げたのだろう。

10分以上たつのに鳴りやまない。あの人達は疲れないのだろうか。私の方が疲れたので宿に戻る。

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6月12日 B&Bへ

 演奏者の前には皿がない。コインをあげようと近づいた人もとまどっている。カフェに雇われているのかも知れない。町めぐりは宿に荷物を置いてからと思い道を急ぐ。街並みがとぎれると、そこは広大な芝と樹木の公園、ヴィクトリアパークである。公園を斜めに横切る緩やかな登り道を歩いて住宅街に入ってゆく。お屋敷町に入ったような雰囲気だ。塀で囲まれた広い敷地には大きな樹木が並び、庭の奥に二階建ての大きな建物がある。そんな屋敷が続いているので、まるで公園の中にいるようだ。別荘なのだろうか。

 宿に行く約束の5時半にはちょっと間があるので、芝生の空き地に荷を下ろして横になる。空が青い。ここは丘の上なので、丘が連なったようなバース周辺がよく見える。遠くの緑の木々に埋もれるように、丘に沿って家が階段状に並んでいる。そんな丘があちこちに見える。家々がみな同じ色なので、一軒の長いギザギザのついた長屋のようだ。

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 5時半近くなったので、また歩き出す。B&Bは屋敷と言うより普通の家だ。塀は花で飾られている。ベルを鳴らすと30代の男がにこやかに迎えてくれた。握手。荷物は自分が持つ、と言って二階の部屋に運んでくれた。部屋には白地に赤くロココ調の絵柄が並ぶ壁紙が貼られ、絨毯とカーテンも赤、渋いバラの花の絵の額が二枚かかっている。とてもかわいい部屋だ。日本の渋い和室も素敵だが、壁紙の部屋もいい。これはこれで気持ちが落ち着く。

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 明日からコッツウォルズウェイを歩くつもりだ、トマートンのB&Bを知らないかと聞くと、知らないと答えた。自分も同じ道を歩いたことがある、あなたは幸運だ、この家のすぐ裏手をフットパスが通っている、と言う。案内所の女性がそんな場所を選んでくれた気がする。スポーツマンタイプに見えるので、あなたはマラソンランナーかと訊ねるとびっくりして来年走ろうと思っていると言う。私も毎年走っていると言うと、ロンドンマラソンかと聞くので、日本でと答える。自分はマイルレースが中心だと言うので、きっとクロスカントリーなのだろう。イギリスにはすごい女性ランナーがいるね、とポーラ・ラドクリフのことを言うと、彼女はとても人気があると答えた。

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 この部屋はシャワー室が付属し、トイレは部屋のすぐ近くの共用、でも他に人が泊まっているようには見えない。全て真新しい感じだ。荷物を置いて再び町に向かう。

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6月12日 アイリッシュハープ

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大聖堂前の広場にはテーブルと椅子が並んで、大勢の観光客がスナックを食べたり飲んだりしている。その前で黒人の青年が一人、琵琶を大きくしたような楽器で何か音楽を奏でている。宿が決まると一安心、私もそばのカフェでコーラを買って、椅子に腰を下ろす。奏でられている音楽は聞き覚えのあるアイリッシュハープのメロディラインだ。隣りに座っている男にあの音楽は何かと訊ねると、アルジェリアの音楽だという。黒人と楽器はアルジェリアかも知れないが音楽は違う。アイリッシュハープのメロディラインだね、と言うとうなずいている。

私の娘がアイリッシュハープを習っていて、ハープのCDを二枚借りたことがある。明るくて軽やかで、でもどこかもの悲しいメロディに聴き惚れていた。黒人青年もサービスで演奏しているのだろう。まるでハープのように軽やかに響いている。相当の腕前だ。音楽を聴きながら目をつぶる。

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音楽に国境はないと言う。アルジェリア人がアイルランド音楽を奏でるのをイギリスで日本人が聞き惚れている。国境はないだろう。でもそれぞれの地域性、文化はある。その違いがあるから面白いのだ。

人間だって国際人なるものがいたら、つまらない人間だろう。それぞれ文化の違いを背負っているから面白いのだ。歳をとればとるほど文化の違いに敏感になる。自分の文化の中で長く生きてくれば、否応なしに文化に色づけられる。だから違う文化の中を歩くのが魅力的になる。違う人々と話すことが面白くなる。

海外旅行を若いときにやっていればよかった、という考えがある。若者は冒険をやっているのだ。それはそれで大いに意味があることだ。でももう私は冒険に魅力を感じない。世界を、自分を、より深く知ることの方が面白い。よく知るためには修練が必要だ。これは自然愛好家なら分かることだが、花の名前、鳥の名前が分かれば一層自然が見えてくる。そんな名前を知らなければ見えないのだ。こちらの見る能力に応じて世界が開けてくる。

もし私がもっと日本文化を知り、もっとその中で深く生きるよき日本人だったら、そしてイギリスをよく知りかつ生きるよきイギリス人に出会ったら、もっと豊かな会話が出来ただろう。そこまでいかなくても、結構楽しく会話してきている。それは私のような凡人にとっては、歳をとって開けてきた世界だ。若者よりは体力は落ちてきているだろう。でも自然や文化、人間への感性は鋭くなってきている。だから歳をとると一層旅が面白くなる。同年輩の人とも若者達とも楽しく話ができる。

旅先で日本人の若者と話すとき、自分が全く同じ年齢で話しているような気になる。若者達にとっても同じようだ。こちらの方が長く生きてきているだけ。でもこちらには経験豊富という個性があるから、何でも話し合える。仕事のこと、恋愛のこと。まるで人生相談に乗っているようなときもある。旅先では普段の属性がみんな取れてしまうから、歳をとっていることは、そんな顔立ちをしていると言うだけのこと。そういう個性を持っていること。だから基本的に対等なのだ。一人旅にはそう言う楽しみがある。旅先でしかあり得ないことだけど。

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6月12日 歩く旅と出会い

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 今回はただ海沿いの道を歩きたい一心でやって来た。自然の中を歩くことは素晴らしかった。でももっと素晴らしかったのは人々の中を歩けたことだ。歩く旅は目線の低い旅だ。低いからこそ見えてくるものがある。歩くもの同士が出会うということは、人と人が出会うことの原型ではないだろうか。だからあの挨拶のほほえみが浮かぶ。そこには社会的な地位もなにもない。歩くということで、全く何の飾りもないそのままの人間と出会うのだ。無人の荒野で誰かに出会ったら、相手が盗賊でもない限り喜ばない人がいるだろうか。昔アメリカインディアンはそんな時長いパイプを持ち出して、一本のパイプで交互にたばこを吸ったと言う。歩く旅はあえて史跡巡りをするまでもない。なぜなら自分自身が大昔の世界を歩いているようなものだから。

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 四国遍路の時にも歩き遍路同士はいつも言葉を交わした。道連れで何時間も一緒に歩いたり、途中で出会った若者と二人で寂れた町の食堂で夕食を食べ、食堂の女将が教えてくれた漁港の選別場の大屋根の下に行って、それぞれテントを張って泊まったこともある。歩く旅では人なつっこくなる。誰もが自分の物語を持っている。旅は人の物語に耳を澄ませ、そうしながら自分の物語を豊かにしてゆく機会でもある。

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バースの案内所

 駅を出てから観光客であふれた街並みを通ってまっすぐ大聖堂の隣の案内所に行く。大きな町には必ずあり、ここで頼めば希望に添った値段の宿を探してくれ、予約してくれる。フットパスの案内書には、湖水地方のフットパス、カンブリアウェイの入り口のウルヴァーストンの案内所は親切で、コース内のほかの宿泊地の宿の予約もとってくれると書いてある。バースもコッツウォルズウェイの入り口、もしかしてと期待した。担当者は元気のいい黒人の女性で、安いB&Bを探していると言うと、ここは35ポンドが最低料金ですと言う。それでいい、明日からフットパスを歩くつもりなので、トマートンの宿も予約できるかと聞くと、駄目です、バースから3マイル以内の場所でないと、と言う。残念。

 彼女が探してくれた宿は少し遠い。ここから2マイルだと言う。地図があればいい、と言うとバスで行く?タクシーで行く?と聞くので、胸を反らして勿論ウォーキングと言うと、笑って奥へ引っ込んだ。地図と明細書を示して、ここでは一部前払いと手数料を頂きますと言う。手数料は5ポンド、35ポンドの宿で5ポンドの手数料はひどい。昨日のセントデイヴィッドの案内所では無料で、親切に宿を探してくれた。以前北イタリアを旅行した時も、いつも町に着くと案内所で宿を紹介してもらったが、手数料を取られたことはない。しかしここはイングランド有数の観光地なんだから仕方がない。お金を払って外に出る。

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6月12日 ペルーから来たサイクリスト

駅に戻って列車に乗り込む。内陸にはいると木が多くなる。カーデイフに近づいた頃、列車のスピードが極端にのろくなった。車内放送で列車が遅れるようなことを言っている。乗り換えの待ち時間は14分、大丈夫だろうかと気にしても、なるようにしかならない。結局間にあった。一部区間同じレールを走るので次々にみな遅れるのだ。乗り換え列車は30分遅れでスタートした。

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通路を隔てた隣の座席に、少し太めの青年が座っていた。私と同じようなトレッキングシューズでリュックサックを隣に置いている。バースからコッツウォルズウェイを歩く人かも知れないと思い、いい天気だね、と声をかける。昨日今日と晴れているけれど、その前は夕方になると雨が降っていたと言うと、うなずいている。あなたはフットパスを歩く人かと聞くと、自分はサイクリストだと答えた。ペルーからこの国に来て八ヶ月、二年いる予定だと言う。

私はてっきり自転車であちこち旅行している人かと思って話していると、なんだか話がかみ合わない。旅行者ではなくて、サイクリストが職業だと言う。私のイメージでは自転車の競技者は競馬の騎手と同様ほっそりしているので、ちょっと変だ。彼が自分の席の後ろを指さすので見ると、ドアの脇の空間に自転車が置いてある。堂々としたマウンテンバイクがキラキラ光っている。彼はクロスカントリーのような自転車競技の選手で、それでがっちりした体格なのだ。

南米に来たことがあるか、と聞かれてないと答え、日本には?と訊ねるとないと言った。あなたはケーナを吹くか?と聞くと、吹かない、あれは高地人が吹くのだという。日本人に尺八を吹くかと聞くようなもので、ばかげた質問だ。高地は雨が多いので緑が豊か、高山に囲まれた美しいところだと言う。アコンカグアがあったっけ?と聞くとそれはチリだ、Ssp1000555 日本には富士山があるね、などというたわいのない会話だ。彼の英語はちょっと聞きづらい、私の英語はもっとひどい、でも互いに相手に感心があり、いろいろ話したいという気持ちは伝わる。この感じが心に残るのだ。

以前南アルプスの荒川岳に一人で登った時、頂上でそれぞれ単独行のの数人の男達が出会ったので、しばらく話を交わしたことがある。私がある場所を見過ごしてしまったと言うと、一人がそういう心残りがあるから、また来たくなるんだ、と言った。なるほど、とその時はひどく感心した。この青年ともバースの駅で手を振って別れた。またどこかで巡り会ったら、どんなに嬉しいだろう。ウェールズの旅も心残りの多い旅だった。今度来るときは海鳥の宝庫と言われるスカマー島に行ってみよう。もっとケルト民族のことも知りたい。素敵なB&Bをまた訪れてみたい。

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6月12日(木) コッツウォルズへ

ハヴァーフォードウェスト

 昨日はいい天気で、今朝も4時頃には晴れていたのに、8時の朝食に頃には急に雨が降り出した。食堂に行くと昨夜の男がいたのでバッドウェザーと言うと、ヤーと言って笑っている。食堂は例の元気な老人が一人でやっている様子で、自分で作って自分で持って来る。いつものイングリッシュブレックファーストだ。部屋に戻って荷物を整理して出発。今日はバスで鉄道の駅まで行かねばならない。

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鉄道の駅は内陸のハヴァーフォードウェストと、フットパスのずーっと先の港町フィッシュガードにある。どちらも始発駅、ここからほぼ等距離にある。子供を幼稚園に連れて行く途中の女性に、どちらの駅が始発列車の本数が多いかと聞くと、ハヴァーフォードウェストの方がずっと多い、と教えてくれたので、そちらに向かうことにする。停留所には5,6人がバスを待っていた。ほかに乗客がいるなんてめずらしい。朝、それも内陸の町に向かうからだろう。

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発車まで50分もあるので結局町に戻る。みんな町の中心で降りたわけだ。町には多くの店が軒を連ね、こぎれいな街並みは人であふれている。パン屋で昼食のためのパンと牛乳を買う。ついでに棒アイスを買って街角のベンチに腰掛けて食べる。マグナムと大きく書かれた袋に入っていて、なかなかおいしい。ホワイトチョコレートがコーティングされていて、コーティングが勝手にはがれて落ちやすいのが欠点だが、気に入った。向こうから中国人らしい数人の若い男女が大きなトランクを引いて歩いてくる。ロンドンにも中国人の若者達が大勢いた。韓国人の旅行者も。でも日本人はほとんど見かけなかった。SARSに日本人だけ過剰反応しているのだろうか。実は私もマスクを持ってきた。でも誰もどこでもマスクなんかしていない。東洋人同士って目があっても全く反応を示さない。白人ならこの町でもほほえみ合うのだが。ちょっと寂しいことだ。

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6月11日 自動車道

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ホワイトサンズからセントデイヴィッズまでは自動車道を歩くことになる。バスもあるようだが、歩いても1時間弱だから、時間もあるので歩くことにする。自動車道路を歩くのも、ゆったりした丘の連なりの中を歩くので、眺めがいい。遠くに聖デイヴィッドの大聖堂と周りの家々が見える。

 大聖堂は浅い谷間にあるので四角い塔の部分がみえるだけだ。左手に海抜200メートル前後の山がある。一昨日は海越しに遙か彼方に見えたので、ウェールズ北部のスノードン山かと思っていた。それより遙か手前の山だった。ほかに山が全くないから低い山でも遠くから見える。

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 道の両側の畑や牧場は生け垣でしっかり囲まれている。資本主義的農業の行き着く究極の姿だろう。道は丘の連なりに沿って大きく湾曲して町には行っていく。本当は小さな村としか見えないのだが、ここには司教座聖堂があるので、この国最小の町になるらしい。村や町以外にはほとんど家がない。少しはある家は、なんとか農場、と二万五千分の一の地図に名前が載っているぐらいだ。日本の村にあるような散村は見られない。このあたりには樹木もほとんど無いから、野はまるでからっぽのようだ。がらーんとしている。大昔は森が続いていたはずだが。

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マイルイーター

 セントデイヴィッズは大聖堂のほかは何もないような町で、観光客も行き場が無くてうろうろしている。宿に戻ると、昼間私を追い越していった男がいた。四十歳ぐらいか。挨拶し合ってから、ソルヴァからだね、と言われた。あの町でうろうろしていた私の姿を見かけたのだろう。愛想はいいのだが、何となく話に乗ってこない人なので、すぐ部屋に戻る。霊感を求めるマイルイーター(マイル食い)、と言う表現がぴったりの男、彼は彼で格好いい。時計を見ると五時、パブやレストランは七時からなので、カフェを探すとこちらは五時まで。この間の二時間みな何をしているんだろう。

 宿の部屋にはインスタントコーヒーがあるので、午前中に立ち寄ってパンを買った店に入る。自家製調理パンのコーナーに行くと私の前に老女が立って、ショウウインドウの中の四角いボールに入った何かを選び、紙コップに詰めてもらっていた。サラダのようだ。ライス何とかというチャーハンみたいなものもある。女店員は私のことを覚えていて笑顔で愛想よく迎えてくれた。ポテトサラダらしきものを詰めてもらい、朝のパンが一つ残っているので調理パン一つ、ビスケットの小さい箱、種なし葡萄ふた房を持ってレジに行く。3ポンドと少し。部屋に戻ってシャワールームに入る。シャワーは出なくてバスが使える。久しぶりの風呂だ。

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6月11日 ホワイトサンズ

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 目的地ホワイトサンズの浜に出る。晴天で暑くなってきたせいか、サーファーが大勢いる。海水浴をしている人はいないが、もう本格的な夏の感じだ。若い人たちは浜で遊び、中高年は浜に面したカフェに腰掛けて海を眺めている。そばの駐車場は車でいっぱいだ。おいしそうなアイスクリームを食べている人が多いので、私もダブルを注文した。2ポンドだが、大きなコーンにびっしり詰めてくれた。午後3時、疲れたときには最高だ。

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 アイスクリームをなめながら考えた。こんなに人出が多くなると宿がますます取りにくくなる。あと一日歩くつもりだったけど、もう充分海岸を歩いた。今日で4日歩いたことになる。初日は午後歩いただけだけれど、あの日の歩きは特別きつかった、十分歩いたという気がする、と、まあ都合のいい理屈をつける。今度は違う世界を歩いてみたい。

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 このウェールズ南西海岸のコースは素晴らしかった。緩やかにうねる丘が海に切れ込み、崖と奇岩、小島、小さな入り江、白浜、と変化に富んだ風景が続き、所々に小さな集落がある。そして花、至るところ花だらけだ。この海岸は国立公園になっており、フットパスはナショナルトレイル、国の小道に指定されている。その美しさは車から見ることは出来ない、歩いてでなければ見ることが出来ない。

 私は今回関心向けなかったが、島を中心にして海鳥の宝庫でもあるらしい。私が歩かなかったコースには鉄器時代つまりケルト民族の遺跡もあるようだ。様々な楽しみ方が出来る道、恵まれた道だ。素敵な宿もあったし親切な人々にも会えた。よし、明日はバースに行こう。今度は田園と農村の旅だ。

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