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2009年10月

6月11日 再びフットパスへ。

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ひたすらまっすぐに歩くと海が見えてきた。浜に降りる途中の野原に聖ナンの泉と小さな礼拝堂がある。聖ナンは聖デイヴィッドの母親で、この泉でデイヴィッドに産湯をつかわせたと言う。巡礼の訪れる場所でもあったとか。この地が聖人の生誕の地だが、今は野原と小さな礼拝堂しかない。フットパスを歩き出すと懐かしい気がする。今日は軽装の人、車で来て数時間の散歩を楽しむ人々が多いようだ。犬を連れている人も多い。それも大きい犬だ。この国の犬はとてもよくしつけられている。他人には関心を示さない。鎖から離れていても全く心配がない。犬のしつけに苦労していたことを思い出すと、羨ましい限りだ。牧畜民と農耕民の違いがあるのだろうか。

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のんびりと歩く軽装の人々に混じって、重い荷物を背負って黙々と歩く一人旅の人もいる。この人は厳しい顔をして私を追い越していった。ウオーキングのプロと言った感じである。今日も前方から来る人に、昨日会ったねと言われた。車を止めて、そこを起点に歩き回るので、昨日会った人にまた今日も会うことになる。

今日は予報通りどんどん天気が良くなり青空が広がってきた。海は深い青色、こんな深い青さを見たのは久しぶりだ。島根県で日本海を見て以来か。途中道が小さな浜に下ったところで休憩していた重装備の男に話しかけてみた。何日目になるかと聞くと、指折り数えて7日目、カーディフからだと言う。このコースを私とは逆にずっと歩いてきた計算になる。

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私はこのコースを5日、コッツウォルズウェイを5日、湖水地方を5日歩くつもりでいるが、英語が下手なのでいつも宿の予約を取るのに苦労している、あなたはテント泊なのか、と聞くと、B&Bに泊まっている、B&Bはあらかじめ予約していると言う。この辺のB&Bの電話番号を全て記してある本があるのか、と聞くと、あると言って自分の持っている本を見せてくれた。ペンブロークシャーコーストパスについての本で、簡単な地図もついている。

このコースはフットパスに入ってしまえば迷う心配がないから、簡単な地図でいいかも知れない。歩く旅では宿がいつも気になる。初めから宿が確保されていれば安心して歩ける。

礼を言って歩き出そうとすると、お話しして楽しかった、ありがとう、と言われた。私が言うべき言葉なのに、思いつかなくて残念でした。

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6月11日 セントデイヴィッズ

道ばたで待っているとバスが来た。客は数人、途中で次々降りてセントデイヴィッズに着いたときは私一人だった。ここにはソルヴァのように観光客が多い。バスの中からインフォメーションセンターを見かけたが、まず13世紀に建てられたという大聖堂に行ってみる。

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聖デイヴィッドはアイルランドの聖パトリックのようなウェールズの守護聖人で5,6世紀の人、かってはウェールズ中から巡礼者を集めたと言う。教会の隣りに司教館の廃墟があるので、教会自体にもちょっと廃墟のような感がある。司教館との間に浅い川が流れている。そこに若い女性が馬に乗ってやってきて、川の中にじゃぶじゃぶ馬を乗り入れた。女性の乗馬姿は格好がいい。

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馬に乗ったら世の中はどんな風に見えるのだろうか。私のようなお調子者の人間は、偉くなったような気がするかも知れない。それよりはペタペタ歩くか二階バスの二階で目を回している方が罪がないだろう。

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大聖堂の次は宿探しだ。宿が決まれば荷物を預けて軽装で歩ける。インフォメーションセンター目指して道を戻る。この町には何軒もB&Bがあるようだ。インフォメーションセンターの若い女性の担当者に、安いB&Bを捜していると言うと、分厚い本を出してページをめくっている。一番安いのはこれ、と言ってページを見せてくれた。一見かわいい建物で、一泊17ポンドだ。これでいいと言うと、この町のパンフレットと市内地図をくれた。B&Bの場所が記してある。小さい町なのですぐだ。

ドアを開けると元気そうな老人が出てきて、二階の部屋に案内してくれた。日本のビジネスホテル並の小さい部屋だ。すぐそばに共同のバストイレがある。荷物を整理して、ロンドンで買った日本の中学生の肩掛けカバンを黒くしたようなバッグに必要なものを詰める。このバッグ、5ポンド1000円である。私は安いものに心惹かれる癖がある。よほど意識しないと高いものは買えない。あのとき小型のリュックにしようかと迷った。でも安いリュックは色が悪いし形も大きい、小型でいい色のは高い、そこで目に付いたのがこのバッグ、なんだか中途半端な選択だった。まあいい。変なスタイルでもいつもの大きいザックよりはいい。

近くの食料品のスーパーでお昼のためにパイに何か詰めたような調理パン二つとチョコレートを買う。これから向かうのはセントナンズベイ、海に出るコースはいくつもあるが、その中でももっともソルヴァに近い道、歩くコースの長い道だ。町から出る道が分からない。家の周りを掃除していた老人に道を尋ねる。どこへ行くのだと聞くので、セントナンズベイからホワイトサンズまで歩く、と答えると、そりゃ大変な道のりだぞ、と言うので、毎日歩いているから大丈夫と答える。なるほどがっちりした体格だなと言いながら、そこの道をまっすぐ、十字路があってもまっすぐ、と教えてくれた。

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6月11日 朝食の席での話

今朝は晴れている。いつも夕方になると雨が降るので、先のことは分からない。8時朝食、すぐ隣の食堂に用意されていた。食堂に続いて休養室があり、長椅子に主人が腰を下ろして、テレビの画面を指さして、これからは天気が良くなると言った。

彼はドイツ人、この宿を始めて14年、それまでは近くのフィッシュガードのドイツレストランで働いていた、きつい仕事だった、と言う。私の仕事を聞かれてバンブーアーティストだと答えると、奥さんが今習っているのと言って、竹の朱竹画を緑で描いたような絵を見せてくれた。思わず笑ってしまった。この国には竹は生えていないのに不思議だ。中国人が教えているのだろうか。

主人が今は休みなのかと聞くので、そう、今は休暇、日本では60歳になると、生まれ変わって第二の人生を送ると考えられていのだと言うと、私は65歳、生まれ変わって5年になるんだねと笑う。

50歳で退職したとき夫婦で世界一周旅行をした、ヨーロッパの国々、エジプト、シンガポール、オーストラリア、ニュージーランド、サモア、マウイ、サンフランシスコ、それから帰国した2ヶ月の旅だった、日本には行かなかった、日本庭園や盆栽には興味を持っている、と言う。日本では今イングリッシュガーデンが大はやりだと応じる。

今までに11ヶ国の人がここに泊まった、中国人も三人、日本人は初めてだ、中国人は奇妙な字を書いていた、と言うので、日本人も中国文字を使う、中国文字と日本文字の両方を使っている、昔から中国文化の影響を受けているんでね、英語の知的な言葉がラテン語から来ているように、日本語の知的な言葉はみんな中国語から来ている、昔から日本人は中国の詩が好きで、昔の知識人は中国文字を使って詩を書いた、だから中国人に会ったとき中国語は出来なくても中国文字を書いて対話することが出来た、今は英語が沢山入ってきているけれどと言うと、ドイツ語でも同じだ、英語がいっぱいさ、英語の中に入っているドイツ語は、キンダーガートン(幼稚園)と・・・少し考えて知らない単語を言う。隣人の不幸を喜ぶ、と言う意味の単語で、英語にはぴったりの表現がないんだと言うので大笑いした。人の心はどこでも同じだ。でもドイツ人としてはちょっぴり複雑な気持ちかも知れない。

昨日向かいの牧場の羊とメーメー話をしたというと、あれは私の羊だ、今年4頭の子羊が生まれたが、母親が死んで、子羊もみんな死んでしまった、羊は採算がとれない、と話す。この人の立って外を眺める姿にはちょっと陰がある。外国に来て生活を築いて行くには苦労が多いのだろう。ところで彼とこんなに話が通じたのはドイツ人だったから。ドイツ人の英語は分かりやすい。分かりにくい英語を話すのは?勿論イギリス人とアメリカ人である。

朝食はイングリッシュブレックファースト、コーヒーがたっぷり飲めるのは嬉しい。セントデイヴィッズに行くバスは9時20分、すぐ下の道で片手を伸ばせば止まってくれると言うので、部屋に戻って荷物を整理する。勘定は夕食代を含めて33ポンド50セント、35ポンドを出して釣りはいらないと言うと、嬉しそうになる。お金が嬉しいと言うより自分たちの接客を認められたのが嬉しいのだろう。二人に握手して別れる。

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