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2009年9月

6月10日 羊たちと遊ぶ

一休みして外に出ようとしたら、女主人が顔を出した。チキンとサラダとポテトとパンでいいか、と聞くのでOKと答えると、食事はサンルームで7時、と言う。外に出ると周囲は地平線まで続く牧場と畑だ。ニューゲイルの浜を望む場所にはベンチが置かれ、噴水の形をした小鳥の水飲み場もある。

道路に出て生け垣がとぎれて鉄条網になったところから覗くと、牧場の中のかなり遠くで子羊が二頭メーメー啼いている。メーと啼いた時にまねをしてメーと言うと羊がメーと応える。それを繰り返していると子羊の耳がピンと伸びる。かなり長い耳だ。メーメーと応えながらだんだん近づいてくる。
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すぐそばまで来たのでカメラのシャッターを切ってもなお近づいてくる。と、そばでもっと大きな啼き声がする。大人の羊たちが生け垣の陰からぞろぞろ現れた。みな一緒に私に応えてメーメー啼いている。無視するのも気の毒なので家族写真を撮ってやってから、羊のそばを離れた。

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部屋に戻るとサンルームのテーブルにサラダとパン、オレンジジュースが載っている。サラダは大きなメロンを半分に切ったものの中心に葡萄などの果物が詰まっている。メロンは肉厚だ。それを食べ終わった頃主人がポテトの皿とチキンの皿を運んでくる。ポテトは皮付きのままの中型のものが4つ、皿に載っている。バターと塩で味付けしてある。ほかほかで皮付きのまま食べる。皮は薄くて気にならない。チキンの皿には冷たい大きなチキンと、大きく切ったセロリやレタスやキュウリが載っている。ビネガーの小瓶が添えてあったので、肉や野菜に振りかけて食べる。おいしい。何よりもとても健康な食事だ。このサンルームに似合っている。

食べ終わるとポットにたっぷり入ったコーヒーと、これまたたっぷりのアイスクリーム。山盛りだ。パンもソフトフランスパンのようで、いつも朝食は固く焼かれたトーストでちょっと飽きていたので、とてもおいしい。

今日もいろいろなことがあった。でもいつもいい結果で終わっている。ここまでバスで戻ってきてよかった。まるで夢のような素敵な宿だ。昨夜の宿の奥さんに感謝。

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6月10日 ニューゲイルのきれいな宿

バスが止まったので乗り込んで、荷物を入り口そばの荷物置き場に置き、運転手に紙を見せる。運転手はうなずいてバスをスタートさせた。バスに乗っている人は2,3人だけ。軽いはずなのにあえぐようにして坂を上って、牧場や畑が続く広々とした丘にでる。なだらかな丘がどこまでも続いている。遠くに家がぽつぽつ見えるだけだ。

道沿いに家が全くないのでバスは止まることなく進んでいく。しばらく丘を登ったり下ったりして、見覚えのある浜に出た。バスはどんどん走ってまた丘を登り出す。古い農家が見えるところで止まって、運転手が反対側を指さしてあそこだという。バスを降りて指さした方に進んでいくと白い小さな家があった。B&Bと書かれた小さな札がある。そばに行くと空室無し、と言う札も見える。

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庭で私と同年輩の男が仕事をしていたので手を振ってハローと言うとにこやかに近づいてきた。名前をいって握手する。すぐ家の扉を開けて靴を脱いで家に入った。私も靴を脱ぐと、主人は濡れたんですねと言う。今までのB&Bの玄関の扉を開けると通路にも部屋にも、部屋のトイレにもふかふかの絨毯が敷いてある。私の靴は底がごつごつしたトレッキング用のブーツだ。その靴でそのまま部屋にはいるのは抵抗があった。主人が靴を脱いだのにつられてブーツを脱いだのだ。絨毯は素足で歩く方が気持ちがいい。やはり日本人ですね。

ドアの向こうは絨毯が敷いてある通路、その奥のドアを開けるとかなり広い部屋だ。ダブルベットが置かれ、小さなテーブルと椅子も置かれている。床は花柄の絨毯、ベットカバーもカーテンも花柄だ。壁はまっ白で、小さな額絵が数枚飾られている。隣はガラス戸を隔てて8畳ほどのサンルームになっている。
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主人は部屋の隅のポットとカップを示してからサンルームに入り、小さい冷蔵庫を指さしてミルクはここ、と言う。サンルームには白い椅子とテーブルが置かれ、ルームの両端には小さな花を沢山付けた大きな花の株が天井からつり下げられ、床に達している。一方は濃い桃色の花、他方は薄青い花。栽培植物には弱いので、花の名前は見当もつかない。床の隅には小さい花の鉢が並び、中にはシクラメンもある。
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天井には葡萄棚が張り巡らされ、葡萄の房がいくつも垂れ下がっている。主人は葡萄を指さして、まだ熟していないから酸っぱくて食べてはいけません、と言う。私はキツネではないから大丈夫、と応じる。部屋を出ようとする主人に、ここで夕食を作って貰えないか、と訊ねると、もうすぐ家内が帰ってくるから、家内に聞いてみる、と答えた。
サンルームから外を見ると、芝生の庭になっていてそこにも花が咲いている。生け垣の手前に木の柱が立てられ、腕木から袋がぶら下がっている。小鳥たちが飛びついては離れているのを見ると、餌の入った網袋のようだ。来ているのは雀と、胸が黒っぽくて背中が茶色の少し大きい小鳥だ。争うようにして袋をつついている。

ポットでお湯を沸かしてインスタントコーヒーをいれる。なんてきれいな部屋なんだろう。まるで婦人雑誌に出てきそうな部屋だ。高級ではないにしてもとても丁寧に作られた部屋とサンルーム。私のような野宿の方が似合いそうな無骨な男が一人で泊まるのは勿体ないようだ。わざわざバスに乗って戻ったかいがあった。

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6月10日 ソルヴァにて

ソルヴァの村が近づいてきた。丘の上の部分しか見えないが、丘の間に並んでいる建物がかわいらしい。こんな素敵な村に宿がとれたのかと思うと心が弾む。道は崖からそれて踏み板で柵を越して牧場の中を進む。私有地を通るときにはへりの部分、つまり柵の脇を通ることになっている。

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丘を下っていくと川沿いの小さな林のそばに出る。そこにも踏み段がある。踏み段の向こうから大きな牛が顔を覗かせ、数頭が近くにたむろしているようだ。あんな牛の間を通るのか?そうだ。ほかに道はない。踏み板を乗り越えて牛たちの中に入っていく。牛たちは一斉にこちらを見る。黙って通るのも失礼な気がしたので優しい声で歌うように、エクスキューズミーを連発しながら牛と目を合わせないようにして通り抜ける。無事通過、そして道は川沿いの林の中を下っていく。

 ソルヴァの入り江は狭くて、石が多く、ビーチという雰囲気ではない。海を背にして陸に向かい右手を見ると、それらしい家がない。とにかく自動車道に沿って右に歩いてゆく。今までの村と違って、ギフトショップや工芸の店、ブテイックやレストランが並び、観光客がのんびり歩き回っている。フットパスの案内書にはヨーロッパ風のしゃれた街並み、と書いてあった。イギリスに来てヨーロッパ風のと言われても面食らうが、確かにこれまでの何もない村とは違う。

どんどん歩いていくと道は村を外れてしまう。夫婦らしい二人組に軽く手を挙げて挨拶すると、道に迷ったのかと聞いてくる。予約をしたB&Bを記した紙を見せて、どこにあるか訊ねると、彼はよく見てから、分からない、電話で聞いてみたら?と言う。そう、電話番号も書いてあるのだ。礼を言って途中見かけた公衆電話に戻って電話をしてみる。留守電だ。もう五時。変だな。

向かいの土産物屋に入り、女性の店主に紙を見せて場所を訊ねる。しばらく眺めてから、ソルヴァじゃない、ニューゲイルよという。ニューゲイルは二,三時間前通った広い砂浜のある殺風景な村だ。どうして?あの奥さんは確かにソルヴァと言っていた。何回か電話している内にこんがったのだろうか。

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この村のB&Bにも空室の札を下げているところもある。あそこにいってみようかという考えが頭をよぎる。でもあの奥さんの親切を思うとそれは出来ない。店の女主人にニューゲイルにいくバスがあるかと聞くと、バスは5時10分、もうすぐ来る、停留所は二軒先、片手を横に出せば止まってくれるよ、運転手にこの紙を見せれば宿の前で止まってくれる、と教えてくれた。店主に礼を言ってバス停に行く。

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6月10日 牧場にて

遠くに白くて長い砂浜が見えてくる。丘を登って下ってを繰り返して、白い波が幾重にも打ち寄せる広い砂浜に出た。所々に人がいる。一人は小さいパラセールを操ってボードに乗って海上を進み、一人は小さいバギーに乗ってパラセールを操っている。ボードセイリングをする人もいる。一人一人がバラバラに自分の遊びに没頭している。

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地図を見るとニューゲイルだ。浜沿いに自動車道路が走り、海のレジャー用品の店と観光客用の小さなレストランが並んで立っているだけ。その後ろには広いオートキャンプ場だ。と言うより牧場に車が入り込んでいるような感じで、ほかには何もない。

小道はまた崖に沿って進む。牧場の柵のこちら側、小道の側に馬が二頭ずつ、四頭が草をはんでいる。柵と崖の間だの狭い場所なので馬たちの中を通るしかない。ほかの人々もここを通っているはずだ。でも放し飼いの馬のそばを通ったことがないので不安がよぎる。

馬って後足で蹴るんじゃなかったっけ?でも逃げ道はない。フットパスの旅を馬のために諦めるわけにはいかない。こんな時には知らぬ顔をして通るに限る。まず手前の二頭のそばを通り抜ける。一頭の馬が脇にどいてくれた。次の二頭の前に来た。私の心にちょっと不安が兆した時、一頭がおびえたようにちょっと動いて身構える仕草をした。するともう一頭も同じ仕草をする。どきっとしたが知らぬ振りをして通り過ぎた。何ごとも無し。こんなに馬の近くを通ったのは初めてだ。
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馬の写真を撮るどころではなかった。次に会ったウシの写真です。

午後になって空が曇ってきた。急に雨が落ちてきた。激しい降りだ。慌ててレインスーツを着、ザックにカバーを掛けて歩き出す。本降りになるのかと思ったらまもなく雨が止んでしまった。

しばらく歩いてゆくと向こうから雨具を付けない夫婦連れが来る。道も濡れていない。五分ほど前ひどい雨に降られたが、こっちは降らなかったのか、と聞くと、こっちでも降った、でもすぐ乾いてしまった、と言う。空気が乾燥しているから雨で濡れてもすぐ乾く。毎日宿に着いてから着ていたものを洗って、宿のバスタオルに挟んで踏んでからハンガーに掛けると、翌朝にはもう乾いている。日本では味わえない乾いた空気だ。

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途中の小さな教会

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6月10日 心地よい風の中を

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次は宿探しだ。公衆電話は最低料金が20ペンス、40円必要だ。10ペンス貨二枚入れて、電話が短ければ10ペンス貨一枚は戻ってくる。二枚入れた。

と、宿の奥さんがボックスの窓をこつこつ叩いている。ボックスのドアを開けると、私が電話かけるから宿に来てください、と言う。ありがたい、地獄に仏と言うより天女だ。受話器を戻す。20ペンスは戻ってこない・・・まあいいさ。奥さんの目がなんだか潤んでいるようだ。私もちょっと涙ぐむ。奥さんは子供を幼稚園に送った帰りだ。私も電話ボックスの中から二人の後ろ姿を見た。戻ってきてもまだ私が電話しているので、よほど宿探しに苦労していると思ったのだろう。ちょっと違うんだけど・・・・

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B&Bに戻る。ソルヴァの宿を探している、と言って、フットパスの案内書の中のソルソルヴァのB&Bの電話番号がいくつか書いてあるページを示す。彼女はその本を持って奥に入って行った。電話で何カ所か当たっているらしい。

そのうちに彼女の声が明るくなった。しばらく話してからサンキュウと言って戻ってきて、メモした紙をくれた。ソルヴァの宿の名前とオーナーの名前、電話番号、浜から陸側に向かって、右手に見える白い一軒家という場所の指示まで書いてある。そして奥さんは自分の処の名刺を持ってきて、困ったことがあったらここに電話してくださいという。日本に戻ったらメールを出したいのでメールアドレスを教えてくれというと、名刺に書いてくれた。礼を言って握手して別れる。本当にいい人達だ。特に奥さんの親切には心うたれた。

天気はどんどん良くなってきて、風もさわやかだ。今日もいい日になりそうだ。浜を通り過ぎるとまた崖沿いの道になる。木が全くないのでフットパスを遠くまで見渡せる。先を行く二人の姿が小さく見える。昨日と同じような景色だ。いつまでもこんな広々とした世界で、軟らかい風に当たりながら歩いていたい。海には時に変わった形の岩や洞穴が見える。陸には牧場が広がり、白い紙でもばらまいたように点々と羊が草をはんでいる。遠くに黒い点のように見えるのは牛だろう。

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今日も夫婦連れに出会う。夫が二人分の荷を背負い、妻は身軽に歩いているという夫婦も多い。妻の方が太っているせいか。大きな犬を連れている人もいる。みな時々立ち止まっては海を眺めている。一人で歩く中年の男性や、時には女性もいる。脇によって道をあけるとき、笑顔になって声を掛け合う。天気が良くていいねとか、そんな言葉だ。相手の言葉が分からないときはグッデイとかハッピーデイとか答えることにする。

ある夫婦に出会ったとき夫が、昨日も会ったね、ほらあそこで、と分からない場所の名前をいいながら嬉しそうに声をかけてきた。多分スカイ島巡りの船の船着き場だろう。これまで顔を合わせた誰とでも挨拶し合ってきているが、さて誰だか覚えていない。東洋人が一人で重い荷を背負って歩いているのは、とても印象的なのだろう。イェスタダイなんて言っているのは地元の方言なのか。開けっぴろげの笑顔はまるでこちらが古くからの顔なじみのようだ。そんな時、日本語で話しかけたくなってしまう。

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6月10日 またまた電話の苦労

雲がたれ込め、静かに雨が降っている。朝から雨が降るのは初めてのことだ。朝食はイングリッシュブレックファースト、たっぷりの食事だ。食堂には十人ほどの客がいて、奥さんのほかに二人の女性が働いている。奥さんは忙しそうだし、主人は寝間着姿で食堂を通り過ぎてどこかへ行ってしまった。とても今夜の宿を探してもらう雰囲気ではない。雨は一日中降り続くような様子だったのに、朝食を終える頃には止んでいた。次の宿泊予定地ソルヴァに向かって出発し、公衆電話で今夜の宿を予約することにする。

奥さんに勘定を頼むと勘定書をくれた。17ポンド50セント、夕食も作ってもらったのに安い。20ポンド出してOK、と言ってお釣りはいらないことを示すと、断ろうとする。私がそれでいいと言おうとして口ごもっていると、笑顔で受け取ってくれた。
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宿の隣りに小さなスーパーがあるので、昼食のパンやリンゴや飲み物を買い、少し離れたところにある公衆電話でまず家に電話した。昨日マーローの村を出るとき食料品店に寄った。その店の中に郵便局の小さな窓口があった。そこで念願のBTフォンカードを買うことが出来た。カードを取り出してよく見ると、まずここに電話せよ、と電話番号が書いてある。その下に、小さな長方形の、紙が貼ってあるような枠が・・・・なんとこれもプリペイドカードなのだ。しまった。でもどうして?窓口でちゃんとBTフォンカードといったのに・・・

そして気が付いた。この公衆電話にはカードを差し込む口がない。つまりコインしか使えない。だからフォンカードは全てプリペイド式でなければ役に立たないのだ。なんだ、それなら前に買ったカードを使おう。そしてまた面倒な手続きを踏んでゆく。

今回は自分で国ナンバーと自宅ナンバーをカードに書いて置いたから、国ナンバーと電話番号を読み上げてくれとオペレーターに言われてもまごつかないで済む。田舎の公衆電話では電話番号をプッシュすることは出来ない。ナンバーを読み上げてくれと言われるのだ。ワン、セブン、ファイブ・・・・これを空で言うことは難しい。そこでカードに数字を書いて置いたのだ。深謀遠慮・・・・しかし電話は繋がらない。昨日マーローで電話したときは繋がったのに。振り返ると私の電話が終わるのを待っている女性がいる。ボックスを出て先を譲る。カードに書いた電話番号をよく見る。や、数字が二つ抜けている。繋がらないわけだ。
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女性の電話が終わった後、同じ手順を繰り返す。繋がった。万歳。苦労して電話した由を伝えると、毎日電話しなくてもいい、こちらは全く変化がないから、三日に一度でいい、と言われた。私が元気なので安心したのだろう。でもがっくり・・・
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6月9日 親切な宿。

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客室は二階にあり、一階は受付と食堂、調理室、それにこの部屋と事務室のような部屋。家族の部屋は別棟のようだ。4歳前後の二人の幼児と猫が食堂でうろうろしている。家族的な雰囲気だ。食堂はカフェも兼ねている。夕食になるようなものがないかと聞くと、奥さんがオムレツなら出来るというのでお願いする。オムレツの具はマッシュルームとハムと何とか、といろいろ言うので、I eat every thing と言って笑わせる。

奥さんは若くてきれいな人。主人は50歳ぐらい、ぼそぼそ話すので聞き取りにくい。子供が二人動き回っているので、お子さんは二人か、と聞くと四人だという。26歳の娘と24歳の息子、ここにいる二人は4歳と2歳。随分離れているなと思って気が付いた。奥さんは若いから後妻なんだろう。でも余計なことは言わないこと。私にも4人いる、と言うと、歳は?と聞く。30、28、22、20、これは普通の年齢構成だ。だから私の奥さんは若くはない。若々しいとは言っておくが。

食堂にパソコンが何台も置いてあるので、私はホームページを持っている、と言うと見てみよう、このパソコンは自由に使っていいと言うので、イギリスのヤフーを呼び出し、日本のヤフーを覗いてみる。そこから私の漢字名で検索すれば私のサイトにたどり着ける。

日本語表示システムをダウンロードするのに少し時間がかかり、日本のヤフーが出た。だが当然のことだが漢字では打ち込めないので検索できない。そこで自分のノートパソコンを引っ張り出してきて、パソコン内のページを開いてみせる。電話線の差込口があればメールも出来るかも知れない、と言うとやってみようと言う。今度は私の部屋に戻り、そこでつなごうとしたら駄目だった。差込の形が違うのだ。残念。外国と連携しているプロバイダーを使っているので、オーストラリアに住んでいる長男にメールでいろいろ聞いて、イギリス用のセッテイングをして持ってきたのに。

ノートパソコンはデジカメのデータを保存するのと、ワードで日記を書いて保存するのには役だっている。でも毎日あまりにもいろいろ起こるので、ノートにボールペンで書く方が、どこででも書けるのでかえって早い。自分の字だから傍目にはどんなに汚くとも読めるのだ。旅慣れてくれば書くことも減ってパソコンで間に合うようになるだろう。

食事は野菜のポタージュ、いろいろ具の入ったオムレツとサラダ、パンでどれもおいしかった。この村を遠くから見たときからここにもう一泊して疲れをとったりスケッチできたらいいなと思っていたので、主人に明日は空き部屋があるかと聞くと、明日もふさがっている、今使っている部屋も明日は特別ゲストが来るのでだめだ、でも明日の朝奥さんが電話で探してあげるというので、一安心。駄目だったら最初の目的地ソルヴァまで行こう。今度こそ自分で電話をかけて空室がないかどうか聞いてみよう。

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6月9日 ブロードヘヴン

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マーチンズヘヴンを過ぎると、小道を歩く人々とすれ違うようになった。夫婦らしい二人連れがほとんどだが、二十数人の団体にも会った。一人旅で大きなザックを背負う男もいる。中年女性の一人旅もいる。道が狭いので相手の通過を待つこともある。挨拶を交わすのも日本の山道と同様だ。でも必ずとてもいい笑顔になる。笑顔を向けられるとこちらも自然に笑顔になる。グンモーニンとかハローのあとになにか一言加えることもある。私はグッデイとかハッピイデイとか加えることにしている。見知らぬ者同士の笑顔というのはとても気持ちの良いものだ。これから先田舎にいる限り、歩道でも村の中でも男とも女ともいつも笑顔で挨拶を交わし合うことになる。道も聞きやすくなる。
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時々雨がぱらつく中、三時頃、遠くにきれいな建物が並ぶ浜が見えてきた。今夜泊まる予定のブロードヘヴンだ。そのすぐ手前にあるリトルヘヴンは岬に隠れて見えない。近づくにつれて崖側に林が現れた。足摺岬のあたりの海岸林を小さくしたような感じで、しばらく林の中を歩く。リトルヘイヴンは小さな入り江の集落でホテルやB&Bもあるようだが、遠くから見たブロードヘインの白浜に惹かれて先を急ぐ。

ブロードヘイヴンの砂浜は、日本のあちこちにある白砂の浜に似ている。自動車道が浜に沿って走り、陸側にはホテルらしい建物が並ぶ。波打ち際まで、真っ平らに近いような砂浜が続き、幾重にも白波が押し寄せてきている。
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急に雨が強くなってきた。慌ててB&Bの看板を出しているパブに飛び込む。だが満室だと断られ、ほかに近くにないかと聞くと、近くの建物を教えてくれた。

その家の扉を開けて主人に事情を言うと、奥に引っ込み、また出てきて、ここも満室だが、今家内がほかを当たっているから少し待て、と言う。奥さんが出てきて、四、五件電話したがみな駄目だった、自分のところに家族の部屋が一つ空いている、それでもいいか、と聞く。いいと答えると、すぐ連れて行ってくれた

。食堂の奥の部屋でシングルベットがあり、シャワーもトイレもテレビも、パソコンまである。これで十分だというと、部屋代はほかの部屋より安くして十五ポンドだと言う。なお結構。(当時1ポンド200円ほどだった。)
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6月9日 海沿いの小道とナショナルトラスト

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宿を出て牧場やじゃがいも畑の間の自動車道をしばらく歩き、マーローズサンズという浜に出る。そこからはまた崖づたいの花の道だ。

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1時間ほど歩いてスカイ島への船が出るというマーチンズヘヴンに着く。小さな半島のくびれた部分にあり、自動車道もここまで来るのでキャンプ場もあり、車で来た人々がちらほら。小さなビジターセンターのようなものがあり、クラゲやウミウシのような生物の写真が並んでいた。

建物の壁に船の時刻表が貼ってある。なるほど月曜には島巡りしかないが、ほかの日には島巡りと島上陸のコースがある。その建物のほかには公衆トイレ以外何もない。ここはペンブロークシャー海岸国立公園、茶店の一軒もあっていいんじゃないか?と思う。人々は小さな半島にあるフットパスを歩くか、船に乗ってクルーズするか、崖沿いのフットパスを歩くしかないのだ。行楽地、観光地ではない。静かに自然の有様を楽しむ場所なのだ。それに徹している。

地図を見れば、ここはナショナルトラストの所有地だ。私のトラスト初体験である。ナショナルトラストとは、19世紀末に湖水地方から始まり、自然保護と伝統文化遺産の保護と公開を目的とする民間団体で、歴史的建造物や自然豊かな土地を、購入したりあるいは委託されたりして、保護管理運営している。

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地図上の紫色の四角のマークがナショナルトラストの印し

ナショナルとは国家ではなく国民、あるいは国抜きの、民の、と言う意味。トラストは信託、と言う法律用語ではなく、信頼という言葉がふさわしいようだ。だから日本語には翻訳しにくい。そのままナショナルトラストいう言葉が定着している。

ナショナルトラストの所有地もいわば私有地だ。民間業者が入る余地は全くない。湖水地方の自然保護運動は、19世紀半ば、詩人ワーズワースの鉄道延長反対運動がきっかけらしい。

鉄道によってもたらされる工業、観光その他自然破壊に繋がる動きが、詩人の愛する湖水地方に侵入してくるのを、詩人自身が身をもって阻止したのだ。ピーターラビットの著者ビアトリクス・ポッターもナショナルトラスト創設者の一人。彼女は絵本の大ヒットの収入により購入した土地をナショナルトラストに寄贈している。

私有財産を厳格に守ることを社会の大原則にしているこの国で、自然や文化遺産を守ることは、ナショナルトラストの私有財産を殖やすという形しかなかったのだ。国立公園が設定されるのは第二次大戦後になってから。民間の活動が遥かに先行している。

現在は車社会。鉄道のないところにも自動車道ができ、観光客のバスやマイカーが進入してくる。自然保護と言っても、人々が保護された自然を楽しむ、と言う側面がなければ成り立たない。そこには難しいバランスの問題が常に存在する。この国は自然保護と観光のバランスの支点を、相当自然保護寄りに置いている。

この国、という言い方は司馬遼太郎の「街道を行く」風で自分でもちょっと気になる。英国、というのが普通の呼び方だろう。正式にはUnited Kingdom  連合王国である。これは北アイルランドとイングランドの連合王国。実態としては北アイルランド併合以前に、長い間の戦いの後に併合されたウェールズとスコットランドを加えた、北アイルランド、イングランドの連合体である。

イギリスという語はイングランドを意味する。英国はその略称だ。イングランド以外の地に行ってこの国をイングランドだと言えば反感を買うと、旅行案内書には書いてある。そこには北アイルランド紛争のように長い悲惨な戦いの歴史があるのだ。旅の間私はイングランドという言葉は使わなかった。UKという味気ない言い方で済ませた。

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6月9日 朝食の席で。

2時頃目が覚めてパソコンで日記を書き、6時頃一眠り、8時に目が覚めて朝食。いわゆるイングリッシュブレックファーストはなかなかいい。コーンフレークに牛乳をかけたもの、オレンジジュース、トースト、それに調理した皿、つまり目玉焼きとベーコンとソーセージを炒めたもの、ゆでたトマト、炒めたマッシュルームの一皿がつく。

私の向かいに七十近い女性が座る。挨拶すると話しかけてくる。彼女はイングランド東部のリンカーンの近くの村に住んでいる。こちらにはロンドンに住む息子と一緒に来て、息子はキャンプ場に行き、自分はこのB&Bに泊まっている。息子にはキャンプ場に来るよう薦められたが、それだけは嫌だと断った。昨日はマーチンズヘヴンから船でスカマー島に渡って花や鳥を見てきた、とても素敵だったと話す。宿のおかみもスカマー島クルーズはとてもいいから、あなたも言ってみたら?島に上陸する船は明日にならないと出ないから、今日はここからバスでセントデイヴィッドに行けばいいと言う。島にはパフィンがいたよと女性が言うと、女将もそれはよかったと応じている。
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パフィン、うみすずめ科のにしつのめどり

フットパスの案内書にも、もう一泊してスカイ島に行って見るのもお奨め、と書いてある。しかしそれだと全く違うタイプの旅行になってしまうので、ここは歩くことにこだわることにする。私が湖水地方にも行くと知って、女性は湖水地方の詩人ワーズワースについて話してくれた。彼の詩は短くて、それに易しい言葉を使っているので読みやすいと言うので、日本にも短い詩がある、と言うと、知っている、本当に短い詩、と言う。学校の先生でもやっていた人だろうか。自分の住む村から遠くのリンカーンの教会の塔が見える、土地が平坦だから。私は都会が嫌い、村の生活がいい、村に住んでいたイラク人の女性と友達だったけれど、日本人の男と結婚して今日本に住んでいる、などと話す。

私が出発しようとすると、女性はあなたと話せてとても楽しかったと言う。私もそうです、と答えた。このあたりの挨拶は常套句だろうが、きちんとしていてとても気持ちがいい。私がもっと英語が上手なら、いろいろ語り合えるのに。

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史跡や美術館、自然観照もいい。でも旅の最高の楽しみはその国の人と語り合うことだ。それも人生経験豊かな人と。その人のモノローグを聞くだけでもいい。私たちは小鳥のようにお互いのさえずりに耳を澄ませているだけ、面白い話ってそう言うものかも知れない。能だってたまたま通りかかった旅人に土地の霊が現れてみずからの物語を語る形が基本ではないか。用事がある話ならともかく、旅で出会う人との話は基本的にはモノローグ、するとそれほど会話が上手ではなくとも、相手の話に耳を澄ます心があれば、かなり通じあえることになる。会話能力という問題ではないのかも知れない。

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6月8日 やっと宿が見つかった。

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自動車道を歩いて6時過ぎ村につく。何とかインという看板を出した店があったので扉を開けて中にはいる。カウンターに数人がたむろしている。今夜ここに泊まれるかと聞くと、この村には泊まれる場所が無いという。この先のマーローの村になら宿があるはずだと一人がいうと、皆うなずいている。一人が私の地図のある場所を指さして教えてくれた。マーローまで3マイル。1時間ほどの距離だ。これは今となってはちょっとつらい。でも仕方がない。そこに行くしかない。外に出て歩き出す。村は本当に小さくてすぐ畑の中だ。

歩いても歩いても回りは牧場か畑。道の両側は厳重な鉄条網や生け垣、石垣が連なっている。道から少し外れた牧場の入り口に腰を下ろして夕食にする。マーローの村の宿がいっぱいならいよいよ野宿か、フットパス旅行の1日目にして野宿とは、この先どうなるのやら。でも一人歩きの旅にはそんなことはつきものだ。若い頃には四国遍路の最中に廃屋の中や橋の下、時には山道に寝袋を敷いて寝たではないか。寒いとしても持っている着物やレインスーツを着込めば何とかなるさ、と気を取り直して歩き始める。 

後ろから車が来て私のそばに止まった。赤い小型車だ。運転している中年の男がドアを開けて、どうしたのだと訊ねた。マーローに行って宿を探すのだと答えると、乗って行け、宿のあるところまで送ってやる、と言ってくれた。助手席の奥さんが後ろの席に移る。どこから来たのかとかいろいろ質問されて答えていると、奥さんが英語がお上手ですねと言うので笑ってしまう。下手なのでいつもとても苦労していますと答えると、どこで習ったの?と聞く。40年前に学校でと答えると、夫がすごい記憶力だ、と言うので笑ってしまう。私がこれから三週間の間に三カ所のフットパスを歩くのだというと、明日はきっと雨になる、本当にお気の毒ですが、などと言っている。面白い人だ。私も、気圧が下がると体のあちこちが痛むんでしょう、と言おうと思ったが、単語が浮かばなかった。マーローのパブの前で車を止めて、ここなら泊めてくれる、というのでお礼を言って車から降りる。

パブの扉を開けると中にはテーブルがいくつもあって客達が席に着いている。カウンターの青年に今夜泊まれるか、と聞くといっぱいだという。近所に開いている宿はないか、と聞くと電話をかけて調べてくれた。近くの宿が開いている、少し戻って右手の建物だという。扉の外に出て荷物を担いだら、さっきまで手に持っていた地図がない。バーに置き忘れた、と思って中に戻って青年に聞いてみる。彼は一瞬怪訝な顔をして、私の後ろを指さす。なんとザックの上のベルトに挟んでいたのだ。無意識にそうやってからすぐ忘れたのだ。大笑いしてお礼を言って外に出る。宿は真新しくて部屋のベッドも大きい。シャワー、トイレ付きだ。女主人に値段を聞くと25ポンド、5000円という。これなら上々だ。さすがに疲れた。シャワーを浴びるとすぐベットに横になって寝てしまったようだ。
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6月8日 サンディヘヴン

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ミルフォードヘヴンあたりではタンカーから油を引くパイプラインが海に突きだして興ざめだった。小道が進むにつれて本来の海と自然が現れてくる。このあたりの海岸は高い崖になっていて、陸側はどこまでも続くなだらかな丘。回りに山がないし木が全くないので、丘の連なりがそのまま地平線だ。小道は私有地の牧場や畑を囲む有刺鉄線の柵と崖との間だの狭い草地にある。所々に歩行者しか通れないゲートがある。ゲートにはいろいろな形がある。木の柵を柵の途中に渡した木の段を踏んでまたいで乗り越えるもの、手で鍵を外して開ける扉、初めにあった回転扉。

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ゲートに時々小さな表示がある。崖があなたを殺す、道を外さないこと。それだけだ。途中に一切ほかの表示がない。崖に沿って進むのだから、子供が草を越えて崖のへりに出ることもあるかも知れない。でもそんなこと自己責任で何とかしろ、というわけだ。そのかわり牧場の有刺鉄線側には、時々「私有地、許可無く進入禁止」と大きく書かれた看板があったりする。愚か者の命より私有地の方が大事だといわんばかりだ。

私有財産が大切に守られている社会なので、人々が自由に歩ける空間は狭い。というより崖づたいには本来道など無くて、地主の許可を得てやっとフットパスが認められたのだろう。自動車道路は内陸を通って、砂浜沿いに村があるところで海に接するだけだ。だから人が崖を連ねた雄大な海岸を見ようとしたら、フットパスを歩くしかない。そこには高山のお花畑を行くような道がある。

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日本だったらどうかなどと考えるのはやめよう。日本の海岸の崖には木が多くて、そもそもほとんど見晴らしが利かないのだ。ここは草の道を歩きながら何キロ先までも見える。ここに自動車道路を造って観光道路にしようなどという発想は無いようだ。だから歩くことでしか味わえない世界が広がっている。

干潮の道

道は延々と続く崖と柵の間を、崖の屈曲に沿って進んでいく。ミルフォードヘヴンから1時間ほど歩いて、道は問題のサンデイヘヴンの入り江に曲がっていく。一日の内干潮の前後4時間だけ通れて、通れなければ4マイル、6キロの回り道の場所だ。サンデイヘヴンの入り江が見えた。なんだか潮が引いているようだ。川の流れのあたりに人が数人にて、石づたいに向こうに歩いている人もいる。しめた、干潮なのだ。入り江に降りてみると浜は固くて真っ平らのようだ。ところどころに青のりのようなものがへばりついている。

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川幅は7,8メートルか、そこに低い円柱形の石が並んで、子供でも歩けるようになっている。このちょっとの流れを渡れるか渡れないかで6キロの回り道とは。でも入り江を渡れたことが裏目に出た。すぐそばのサンデイヘヴンのB&Bは二軒とも閉まっていた。ここには宿がない。そうなると渡しを戻って脇道から内陸に入り、ハーブランストンの村に行くか、このまま3キロ歩いて、やはり案内書に宿があると記されているセントイシュマエルの村に行くしかない。せっかく石づたいに渡れたのだからこのまま先に進むことに決める。ところでヘヴンは辞書によると港、停泊所、避難所・・・となっている。サンデイヘヴンの様子から見ると港という感じではない。ただの入り江の砂浜だ。日本の漁村の泊(とまり)と言う感じなのだろう。
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6月8日 ミルフォードヘヴン

ミルフォードヘイヴンの駅を出、ハーバーストンに入るとすぐ分かれ道になる。右の道には、サンデイヘヴン、という標識がある。これは車で行く道だ。地図上では左に行くことになっている。これから町を離れるので、この先買い物の場所があるかどうか分からない。

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ちょうど中年の女性が二人歩いてきたので、この先に食料品店があるかどうか訊ねると、駅の脇に大きなスーパーがあるからそこで買えばいいとのことだった。このスーパーは日本にあるような大きなスーパーで駐車場も広々している。値段もまとめ買いにすると安いようだ。そこで調理済みのサラダを捜したが無い。かわりにカット野菜の袋、ソーセージをくるんだパイ六つ入りの袋、これは暖めても冷たいままでもおいしいという袋の文字に惹かれて。

人の形をしたビスケット一袋、小さなリンゴ2個、水1500cc。全部で6ポンドと少し。これが野宿になれば今夜の夕食と明日の朝食になるのだ。荷物はまた重くなったが気を取り直して出発だ。

道は住宅地の中を進む。何となく生活の臭いがないので別荘が多いのかも知れない。地図の通りにどんどん歩いてゆくが、自動車道路から海岸に出る脇道がどれだか分からない。ここからは海が全く見えないのだ。

向こうから親子らしい女性の二人連れが来たので、地図を示しながら道を尋ねる。母親らしい中年女性が答えてくれたが、全く分からない部分と普通の英語で分かる部分がある。そうだ、ここはウェールズ。ケルト語ではないにしても方言が強いはず。それを時々標準語に直しているのだろう。
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浜に出る道は少し戻って右に折れ、少し行って左に折れればいいとのこと。礼を言って歩き出し、右に折れる場所で振り返ると、後ろからその通りと合図してくれた。左に曲がる場所でも振り返ると、彼女たちもこちらへ歩いてきていて、そうだ、と手を振ってくれた。その通り進むと浜に出た。
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砂浜というよりは茶色で土みたいだ。波は全くない。日本の海岸にあるようなゴミもちらかっている。左は海、右は草原でキャンピングカーが一台止まっている。なんだか寂しいところだ。しばらく歩くと、車道が内陸に曲がるところにドングリの絵と太い矢印のフットパスの標識が記された棒がある。初めての対面だ。アスファルトで舗装されているけれど人しか通れない幅の道を歩いていくと鉄格子のゲートがあった。脇に人だけが通れる回転扉がある。いよいよフットパスの世界だ。そして道は舗装のない草の道へ。
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歩き出して気が付いた。道の両側に野草が一杯咲いているのだ。見たこともない花も多い。目を引くのは背の高い赤紫色のジギタリス、シシウドに似た花、サクラソウに似た背の高い濃い桃色の花、南アルプスに咲くタカネビランジのような白いサクラソウ。白い野菊、マーガレットだ。キンポウゲのような黄色い花、マツムシソウの花びらを短くしたような紫の花、なんだか全く見当もつかない青い花もある。まるで高山のお花畑を歩くようだ。私は山野草が好きなので見あきない。デジカメで写真を撮ろうとするが、風が強くて花が揺れてしまう。
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6月8日 いよいよウェールズへ

ウエールズに入ると、駅名を示すパネルに、普通の英語の青い文字列と、その上に緑色の文字で違う名前が記されている。全く分からない地名だ。ウェールズのケルト語なのだろう。ウェールズでもケルト語を話す人は少数のはずだ。その人々のために表示を付けるということが今の文明の方向を示しているのだろう。

乗り換えのスワンジーの駅はがらんとしており、みすぼらしい電車がホームの反対側に止まっている。駅員に聞くとミルフォードヘイヴン行きはそのホームだ。そのうちもう一両連結されて人々が乗り込む。車両は途中で二方向に分かれるので、駅員に乗る車両を確かめる。ミルフォードヘイヴンは終点で、そこから先はひたすら歩くことになる。

この電車にはフットパスを歩きそうな旅人は乗っていない。昨日電話で断られたのは、客がいないので休みにするつもりだったからかも知れない。電車は海岸沿いを走ったり内陸に入ったりしている。海はペンブローク湾、内陸深く切れ込んで西に開いている。

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水面には波が全くない。まるで静かな湖のへりを走っているようだ。内陸にはいるとほとんど牧場ばかりだ。そしてヘッジと呼ばれる生け垣、石垣のところもある。広い牧場がそれらによって囲われている。小麦のようなものが植えられている畑は十分の一ぐらいか。土が露出している畑があるのは収穫後なのだろう。すると畑は多くて三分の一。

昔世界史の授業で第一次エンクロージャー(囲い込み)第二次エンクロージャーなどということを習った。産業革命前後の第二次エンクロージャーでは、穀物の大規模生産のために畑が囲い込まれ、土地を失った小農民が都会に出、工場労働者として劣悪な環境の中で働くようになる、ということだった。土地が牧場や畑のような私有地として囲われてしまうと、田園にはもう一般の人が歩く道が無くなる。一般の人々のために私有地内を歩く許可を求める、という運動を通してフットパスが成立している。

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フットパスは正式にはパブリックフットパス、一般人のための小道、という。私有地内の通行を求める運動は今も続いているようだ。イングランドの小道の25%、ウェールズの小道の半分が、不当に通行を妨害されている、とフットパスの管理と運営に当たっているランブラーズ(散歩者)協会のパンフレットは語っている。

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6月8日 ヘルプ ミー!

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ウェールズ海岸

次の列車は10時発、駅員に確認してホームを離れた。今日の目的地ミルフォードヘイヴンへ行く列車の時刻表は日本にいたときインターネットで確認している。日本で買ったブリットフレキシーパスは2ヶ月間有効でその間4日乗れる二等のパスで、3カ所のフットパスを回ってロンドンに戻るのにちょうどぴったりなのだ。今の値段は26000円、長距離列車は全て特急なので、新幹線だと思えばそれほど高くない。

列車を待つ間に家に電話を入れて無事を伝える。構内のカフェでコーヒーを飲み、さっきの失敗など無かったような顔をする。慣れたものだ。今度は早めに列車に乗り込む。この国の特急車両の半分近くを一等車両が占めている。二等の倍ぐらい費用がかかるのに一等が多いと言うことは、二等には決して乗らない人々がかなりいると言うことだろう。。

二等車両は4席向かい合わせ、新幹線型ではなく普通の長距離列車型の豪華なもの。それを一人で占領したのんびりした旅だ。ロンドンを離れるとまもなく田園地帯が広がる。広々とした牧場に牛や羊が点在する絵のような風景だ。のんびりそれを眺めながらノートに今日の経緯を書いている内に気が付いた。お昼をどうする。通路向かいの座席では老婦人が袋から何かを出して食べ始めた。私には食べるものがない。目的地のミルフォードヘイブンに着くのは3時過ぎ、途中で1時頃乗り換えがある。それまで待つか。

若者達がうしろの車両に行っては何か袋を持って戻ってくる。後方の一等の車両にビュッフェがあるのだ。早速うしろの車両に行ってサンドイッチと飲み物を買って席に戻る。

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食べる前にトイレに行く。トイレの扉は開いていた。ドアは半円を描いて閉まるタイプ。日本では見かけない。ドアの閉め方が分からず、手で押し回して閉める。ガチャン、これで安心。用を足してドアを開けようとすると、開かない。トイレの壁に、開けるマーク、閉めるマーク、カギをかけるマーク、カギを開けるマークのついた四つのボタンが縦に並んでいる。どれを押しても反応がないのだ。え? 閉じこめられちゃった?

 トイレの中には緊急停止用のコックがある。まさかそれを引いて列車を止めるわけにも行くまい。誰かに気づいてもらって車掌に来てもらえばいいのだ。座席にいる間に車掌は二回も私のそばを通ったのだから。幸いドアには指を差し入れるだけの隙間がある。そこに指を差し入れてヘルプ!ヘルプミー!と声を出した。誰も来ない。ドアのそばを誰か通った時でなければ聞こえないだろう。

しばらくして駅に近づいたらしく列車がスピードを落とし始めた。その時中年の男が通りかかって、私のヘルプミーに気づいてくれた。外から力任せに開けようとしてもやはり開かない。男は車掌に伝えると言ったようで、離れていく。しばらくして車掌がやってきた。ドアの上に手を伸ばして何かやっている。ドアが開いた。車掌は何か言っている。サンキュウベリマッチを連発して席に戻った。

席に戻って考えてみると、このトイレ、使用中のランプがついたことがない。遠くから見ると半開きのトイレの扉になにかランプがついている。使用禁止だったのだろう。私は生来のうっかりものだから、それに気づかずにトイレに入って扉を閉めたのだ。全く人生、一寸先は闇だ。ロンドンを離れて第1日目、何でこんなにいろいろなことが起こるのだろう。

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6月8日 列車に乗り遅れる

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ハイドパークの花

ホームで待っている内に白人の青年が話しかけてきた。手には古びた革表紙の本を持っている。コールリッジのエッセイ集という言葉は聞き取れた。革表紙や表紙裏のマーブル模様について説明しているようだが、その本を売りつけようとしているのか、酔ってただ本の説明をしているだけなのか分からない。胸には枯れかかった赤いバラの花を挿し、にこやかに話しかけてくる。

私はこれから旅に出かけるから、荷物になる物はいらないのだと断っても、なお話しかけてくる。そして途中でフランス語に変わったので、フランス語も分からないし英語も分からない、日本語しか分からないと言うと、イチ、ニ、サン、シなどと言い出す。愛想のいい男だ。身なりはくたびれているが、顔立ちも笑顔もとても品がある。面倒になってフランス語、ドイツ語、日本語でさよならを言うと今度はドイツ語で何か言っている。

酔ってはいるのだろう。これから重い荷物を背負って歩く旅をするのだというと、エベレストがどうとか言っている。エベレストとヘリコプターがどうしたとか。そこに電車が来たのでやっと解放され、ほっとして電車に乗り込むと、青年は通路を隔てた向かいの席に座る。

今度は隣の中年女性に話しかけている。女性ははじめは知らぬ振りをしていたが、彼女が一言何か言うと、男はまた親しげに本の説明をしている。そのうち女性も相手をし出した。そしてパデイントンの手前の駅で話をしながら二人とも降りていった。なんなのだろう。

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パデイントン駅

この地下鉄、途中で止まったりしながらいかにものんびり走っている。パデイントン駅に着いたのが9時5分前、切符売り場でブリットフレキシーパスにスタンプを押してもらわなければならない。そこでパスポートの提出を求められ、何か切符に書いてもらって釈放。列車に向かって急ぐ。駅員が手を挙げて発車の合図をしている。同じ列車に急ぐもう一人の男と一緒に列車の最後部の開いているドアにたどり着く。開いているドアは自転車置き場の車両だった。駅員に止められて万事休す。列車は出ていってしまった。

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6月8日 朝食の席で

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ホテルの窓から外を覗くと、道が雨で濡れている。昨夜雨が降ったのだろう。昨日はあんなに晴れていたのに。

7時半が朝食、パデイントン駅発9時の列車に乗る予定なので、時間は十分のはずだった。食堂で食べ終わりかけた頃、日本人らしい中年女性が入室してきた。その頃にはテーブルが皆ふさがっており、困った様子だったので、ちょっと手招きをしたらこちらに来て、私の向かいの席に座った。一人旅、会社を休んで出てくるので一週間しか休みが取れない、でも毎年のように海外旅行をしており、ロンドンには10回目ぐらいになると言うから、旅のベテランである。

美術館が大好きで、大英博物館なら一日ではたりないぐらいと言う。私は二時間もいなかった。私がエジプトやアッシリアの巨大な石の彫刻を見るとげんなりする、と言うと、彼女はお墓が好きなのだ、休みがたっぷり取れればエジプトにも是非行ってみたいが、一週間の休みしか取れない状況では無理なのだと嘆いた。よく話す面白い人。私はのたれ死にの精神で行くので、墓には関心がないのだというと、あなたの死体が道に転がっている訳ね、と言うから、そう、旅に病んで 夢は枯れ野を、の心です、などと出任せを言う。

話しに夢中になっている内に時計を見たら8時10分、しまった、大変、と挨拶もそこそこに部屋に戻る。どんなにせわしくとも忘れ物をすることは許されない、何度も何度も見回して確認してから部屋を出て、アールズコート駅に向かう。

ウェールズ方面行きの列車がでるパデイントン駅はここらら4駅目、すぐだ。ところが同じ方向に向かうホームに、2路線の地下鉄が来る。私が乗る地下鉄がどちらだか、止まっている車両を見てもすぐには分からない。確認している内に電車は行ってしまった。次の電車を待つ。駅員に次の電車がパデイントン駅を通ると聞いて、安心する。でも次の電車はなかなか来ない。

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6月7日 テームズ川クルーズ

テームズ川はそれほど広くない。川幅はそれでも50メートルぐらいはあるか。橋のたもとに水上遊覧船の船着き場がある。暑い一日だったので川風に吹かれたくなって切符を買った。ロンドン塔往復で6ポンドあまり。時間は5時過ぎ。時間はたっぷりある。

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このクルーズに乗ったのは正解だった。船の案内人がクルーズの間中、左右の建物について説明している。こちらはさっぱり分からない。でも変わった建物やきれいな橋が次々に現れて、退屈しない。多くの客が写真を撮っている。それも目からはなして。デジカメが普及しているのだ。私も今朝地下鉄でスタートして以来撮っていない写真を続けざまに撮る。

前方の右岸に大きな船が停泊している。なんと軍艦だ。フォークランド紛争の時に破壊されたシェフィールドかと一瞬思った。あれは駆逐艦だったっけ。この船はかなり大きい。巡洋艦だろう。主砲の砲塔が前後に二門づつ、対空砲が両脇にいくつもある。第二次大戦中に作られ、その後も現役として働いた船だろう。艦名はリバプール、記念艦になっているようだ。

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そのほかにも左岸に何艘も高い煙突を持った古い客船タイプの1000トン前後の船が接岸している。二本煙突を前後に並べてクインメリーという名の船もある。私の一番好きな船は高い煙突を持った古い型の小型客船だから、好みにぴったりである。今は船上レストランとして使われているようだ。

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有名なタワーブリッジを目の前にして、手前のロンドン塔の岸が船着き場になっている。どういう訳かそこで船を乗り換えさせられて、もときた方に戻る。船から見る議事堂は見事だ。

船をおりてから、ホテルに戻るため、バスの運行図をよく見る。この詳しい運行図は路線ナンバーのバスが通る道にナンバーが記してある。7番の路線バスなら路線が通る道路に7の数字が書いてある。バスが道を曲がるたびに数字も曲がった道に書いてある。主な通りにはバスの路線が重複するから、数字が5つも6つも並んでいる。その中から自分のバスの数字をたどり、他方で目的地を通るバスの数字を捜し、両方のバスの数字が並ぶ場所が乗り換え地点になる。面白い。まるでクイズだ。これなら一日遊べるではないか。フットパスを歩き終えてロンドンに戻ってきたら、二階バスで巡るロンドンの旅をやってみよう。バスの一日フリー乗車券は2ポンド、400円。いいねえ。

ウエストミンスター橋からホテルに戻るには一度乗り換えねばならない。目当てのバスはすぐ来た。ワンマンバスなので前から乗って運転手の脇の皿に1ポンド貨を置くと、運転手がそばの箱から出てきた紙を取れ、という。それが切符なのだった。得心してすぐ二階に上がる。バスのコースを路線図と照らし合わせると、現在の場所がすぐ分かる。降りる場所が近づいたら下に降りればいい。ストップのボタンを押して停留所に止まるのを待つ。バスを降りて乗り換えバスの停留所まで少し歩く。停留所の案内表示には止まるバスの数字がいくつも書いてあるから、自分が乗るバスの数字が書いてあるバス停を見つければいい。そこは中心部から少しはずれているせいか、バスがなかなか来ない。同じ路線バスで反対方向に行くバスは、二階バスと同じく赤い色をしているけれど平屋のバス、二階バスではない。何だ、それならわざわざ待って乗ることもない。そばに地下鉄の駅がある。そちらで行こう。地下鉄なら4駅目。すぐだ。結局夕食は駅前の昨日と同じファーストフード。ホテルに着いたのは8時頃。まだ陽がさしている。長い一日だった。

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6月7日 二階バスに乗る。

つぎにチャリングクロス街を下って国立美術館に行くことにする。バスに乗りたかったが、案内図によると路線が絡まってよく分からない。料金は一律1ポンド、でも行き先も分からずバスに乗ることも出来ない。歩いても大して時間はかからないので歩いていった。国立美術館は充実していてルネッサンス絵画から印象派まで傑作揃いだ。でも今の私はゆったり絵を鑑賞する気分ではない。明日の宿のことが気がかりなのだ。

行く先々で日本人が少ないことに驚く。今までどの国に行っても日本人のツアー客がいた。今回はツアー客自体が少ないのだ。そして目に付くのが中国系の人々。極東系の人はほとんど中国系のようだ。香港の返還後ロンドンに中国系の人が増えているのか。韓国人もかなりいる。日本人が少ないのはSARSの影響だろう。SARSがなかったら観光のベストシーズンの今、街は極東人であふれかえっていたかも知れない。

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ハイドパークのりす

さて次は、と考えても、別に行きたいところはない。ツアーだったらこちらが望まなくてもあちこちつれ回してくれるから、一応の名所旧跡は見ることになる。家内が一緒だったらこちらも名所を回ろうとするだろう。だが一人旅、第一日目、まごまごし続けの今日である。ロンドンの雰囲気はたっぷり堪能した、もういいという気分だ。

でも時間はまだ4時、外で夕食を摂るのだから帰りは何時になってもいいのだし、9時過ぎまでは明るいのだ。そこでウェストミンスターに行くために二階バスに乗ることにする。

ワンマンバスだから運転手の脇のお皿に1ポンドのせれば済む。そして二階に上がる。二階バスは日本のバスより床面積は小さいから、動きが軽い。狭い道でもすいすい進む。街の雑踏を高いところからながめるのは気持ちのいいものだ。

バスの壁に、切符を持たないと検札が来たとき5ポンドの罰金を取られます、と書いてある。え?運転手は何も言わなかったし、私の前に乗り込んだおばあさんも、何も受け取らなかったみたいだけど・・・・・降りるときも降車口のドアが開くと勝手に降りるのである。ワンマンバスだから運転手のそばを通って乗り込み、全コース1ポンドのお金を払えば十分ではないか。運転中に運転手がバスを自動運転に切り替えて検札に・・・・結局次にワンマンバスに乗って分かった。こちらは運転手が切符をとるように指示したので、確かに切符を手にした。そうだ。切符がなければバスに何人乗ったか分からないのだ。そうすると1ポンドのコインが市当局の(市営だとしたら)ポケットにはいるとは限らないのだ。でも発券の記録があれば・・・・・

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バスの二階で目が回ったせいか、バスを降りてまた道に迷う。確かに巨大な議事堂の屋根が見えたのに、降りたところからは何も見えない。背の高い建物のばかりだからだ。そしてお得意の、道に迷ってうろうろをしばらく続ける。それでもとにかく議事堂の前に着く。社会科の教科書に載っていたおなじみの建物が目の前にある。美しい建物だ。ちょうどビッグベンも鳴り出した。鐘の鳴り響く街って歴史の中にいるような気分だ。ウェストミンスター橋に行ってみる。

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6月7日 大英博物館

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山がない国 ウェールズ

大英博物館

さて大英博物館、広場ではヴァイキング姿の人々が戦いの場面をだらだらと演じていた。その隣ではいくつもみすぼらしいテントが並んでいて、ヴァイキング姿の男女が素朴な革工芸や金属工芸をやっていた。朝はいつ雨が降るかと思うような天気で、おまけに予報では小雨だったのにカンカン照り、真夏になったように暑い。とても外でのだしものをながめる気にはなれない。

いつもはスマートな白人の男女がヴァイキングの服装をしていると、まさにヴァイキングそのものになっている。実に小汚くて野蛮なのだ。服装によって白人は誰でもそうなるのか、それともそう見える人をわざわざ選んだのか。スマートとはいえない私でも、そんなメンバーの中に選ばれたくはない。

中にはいると古代エジプトやアッシリアの大きな石像が並んでいる。かって西洋史を学んだ人間としては情けない話だが、とてもゆっくり見る気にはなれない。何も感じない。ある部屋に入ったら、金管の合奏が始まろうとしていた。そこでしばし音楽に聴き入った。疲れているときでも音楽なら楽しめる。入り口でもらった案内パンフレットには30分ごとに各部屋で並行して7,8種類の催し物をやっている。世界各地の音楽の演奏や、神話その他の説明、日本音楽の演奏もあり、実に多彩である。

パンフレットによれば大英博物館創設から二百五十回目の誕生日なので、そのプレゼントとしてやっているのだそうな。そう言えば巨大な博物館の建物が赤い大きなテープで結ばれていたが、誕生日のプレゼントの形だったのだ。すごい。

私がイギリス旅行のためにかった自由旅行のための案内書には、大英博物館を見るには一週間はかかるという。そう言うものをじっくり見るようには私の頭は出来ていないらしい。ロンドンの街並みをうろうろ歩く方が好きなのだ。パリに家内と一週間旅行したときも、ルーブルには行かないでしまった。最終日に出かけてみたらストでお休み。近くの小さなオランジュリー美術館に行って、人のいないモネの睡蓮の間でゆっくり静かな時を過ごした。それが私の好みだ。

博物館に敬意を表して何か他の催しも見たくなった。極東の美術の部屋で弦楽合奏をやるというので行ってみた。G線上のアリアやパッヘルベルのカノンなどよく知っている演奏もあって楽しめた。

ロンドンの国立の博物館や美術館は数年前から無料になった。その上こんなプレゼントをしてくれるのだからすごいサービス精神だ。労働党政権だからだろうか。サッチャーさんならこんなことしないだろう。

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6月7日 一日4時間だけ通れる道

一日4時間だけ通れる道

厄介な問題とは、フットパスの案内書によると、目的地サンデイヘイヴンの村の手前に、入り江を飛び石づたいに歩いて渡る場所があり、そこは干潮時の前後二時間づつしか通れないのだ。一日の内、通れるのは4時間だけというから渡れる確率は六分の一、通れなければ4マイルの回り道である。1時間半余分に歩くことになる。でも回り道の途中にかなり大きな村があり、フットパス案内書によればそこには宿もあるのだ。サンデイヘイヴンに渡れなければその村に行けばいい。明日は夜の宿も決められずに出発することになる。でも9時発の列車に乗ればスタート地点のミルフォードヘイヴン駅に着くのは14時10分、1時間半歩いても午後4時前だ。余裕がある。10時発の列車で行けば着くのは15時40分、それでも石づたいの場所に着くのは5時頃だからこれも何とかなる。いざというときは野宿もあるさ、とここは気軽に考えることにした。

Sandyhaven

地図を買う

地図の方はボーダーズという大きな本屋で見つけることが出来た。フットパスの案内書によれば、三カ所のロングデイスタンスパスでイギリス測量部(OS)の二万五千分の一の詳しい地図が最低10枚必要なことになる。でもコッツウオルズパスをハーヴェイ社の、道とその周辺だけを切り抜いて並べた地図一枚で済ませ、湖水地方は案内書にもそれでもいいと書いてある5万分の1の地図3冊にして、全部で6冊で済んだ。日本の国土地理院の地図は一枚の紙なので重さもたかが知れている。何枚持っても山登りに困ることはない。でもイギリスの地図は遥かに詳しくて厚くて重いのだ。同じ二万五千分の一でも情報量が違うのだ。だから6冊でも相当に重くてかさばる。でも歩く旅で道に迷ったら相当時間を食うことがあるの思えば、しかたがないことだ。

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休憩にはカフェに入る。コーヒーにはあきあきしたので、日本でも見かけるスターバックコーヒーに入って、フラパッチーノという、シェークにクリームをかけたような飲み物のビッグサイズを頼む。昨日の地下鉄の切符の購入、公衆電話、と毎日迷ってばかりいるのだ。それに耐えて生きているのだから甘い物が欲しくなる。甘い物は糖尿を悪化させるかも知れないが、心をいやすのである。心を病むと過食症になる、と言うのもよく分かる。夕方も別なスターバックコーヒーに入って同じ物を頼む。となりの席にいた白人女性がそれは何か、と聞いてきた。名前を聞いて自分も注文していたから、私の食べる姿がいかにもおいしそうだったのだろう。

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6月7日 電話の苦労

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ウェストミンスター寺院

今日の予定は家に電話をかけること、本屋でフットパスの地図を探すこと、ロンドン中を走り回っているあの二階バスに乗ること。あとは大英博物館か国立美術館を見るしか特にすることはない。電話をかけるためには、今後のB&Bの予約を取る必要もあるので、テレフォンカードが欲しい。案内書には一番使いやすいBTフォンパスが、新聞販売所やキオスク、両替所、郵便局で売っていると書いてある。だがアールズコート駅のキオスクには公衆電話がいくつもあるのにフォンカードは売っていない。

アールズコート駅構内にはバスの詳しい無料の路線図があったので、他で捜す手間が省けた。これを頼りに二階バスに乗ってみよう。

地下鉄で本屋を探す起点となるピカデリーサーカスに行く。そこであちこち聞いてみるが、やはりフォンカードは売っていないので、諦めてコインで家に電話を入れる。家内の元気な声が出て家は何ごとも無しとのことで、まずは一安心。朝ハイドパークをジョギングしたというと、喜んでくれた。

両替所にはインターナショナルフォンパスというものがあった。国内でも国外でも使えるというので、半信半疑で買ってみる。10ポンド、大金である。験しに家にもう一度電話してみる。これをカード挿入口に差し込んでも何の反応もない。カードには電話に挿入しないで、と書いてある。どうして?使えないじゃないか・・・・これが文明の利器に疎い男の悲しさ。プリペイドカードだったのである。

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国会議事堂、ビッグベン。

家内の携帯はプリペイド式、暗証番号がどうしたとか言っていた。その方式だと言うことに何度か試してみてから分かった。つまりカードに書いてあるフリーダイヤルにまず電話して、その案内に従って暗証番号を打ち込み、相手のナンバーをダイヤルするという、初めての人間にはうんざりするようなカードなのだ。これならイギリス国内ならコインでかける方がましである。BTフォンカードが見つかるまでは仕方がない。

その日ほかでも何度か訊ねてみるがやはりBTカードは無い。郵便局にはあるという。今日は土曜日、明日は日曜日、郵便局は休みだ。BTカードに出会えるのは明後日か。イギリス最大と言われるBT社はロンドン市と喧嘩でもしているのではないだろうか。BTパスあります、と言う表示がある店でも、無い、と冷たく断られたのだから。

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ロンドン塔

明日、パデイントン駅から列車を乗り継いでミルフォードヘイヴンに行き、そこから1時間ほどフットパスを歩いてから泊まるはずの、サンデイヘイヴンのB&Bにコインで予約の電話を入れてみた。今夜か?と聞かれて明日の晩と答えたら申し訳ないがダメだと断られた。フットパスの案内書には別なB&Bのナンバーも載っているのでそこに電話してみる。電話には誰も出ない。留守なのか。どうしよう。明日の行程には厄介な問題が絡んでいるので、行き当たりばったりで宿を探すしかないようだ。宿は他にも近くにあるようだから。

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6月7日 朝のジョギング

5時40分ホテルを出てハイドパークまでジョギング。煉瓦造りで4,5階建ての古い建物が並んでいて、大木の連なる並木と相まって、街に落ち着いた雰囲気を与えている。こんな街をジョギングするのは楽しい。日本にあるようなコンビニは見あたらないが、朝早くから開けているスーパーがある。

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自然史博物館や王立ロンドン大学の脇を通ってケンジントン公園へ。知っている木はマロニエとプラタナス。名前の分からない巨木も多い。緑の芝生と樹木と池、所々に花園があり、リスがあちこちでちょろちょろ活動している。人をあまり恐れないようだ。鳩や白鳥、アヒルもいる。きれいなそして大きな声でさえずるのは黒歌鳥(ブラックバード)か。ジョギングしている人もいる。

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道路一本隔てた隣がハイドパーク、やはり広々とした芝生と樹木と花園、池のある公園。日本ではあまり見かけない花があるので、デジカメで写真を撮る。同じ道を通って7時過ぎにホテルに戻る。朝食は地階で。ホテル内は昨夜静かだったのに意外に客が多い。シリアルの牛乳かけ、トースト、オレンジジュース、コーヒーか紅茶の朝食で、野菜がたりない。外食が多くなるので意識して野菜を摂らなければならないようだ。

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6月6日 多様な人種

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ハイドパークの花

ベーカー街を南下すれば、どこかで地下鉄の駅にぶつかるだろうと思っていた。これが間違いで、ハイドパークコーナーの駅まで2キロほど歩いてしまった。でもその無駄が私の旅なんである。どこかで読んでいたように、信号のある横断歩道では、車の隙を見て赤でもどんどん渡る。でも信号のない横断歩道では、車が止まってこちらが渡るのを待ってくれる。節度のある親切、というものだろうか。実はイギリスに来る半月ほど前に、長野県松本市に一週間ほど滞在した。そこでは横断歩道の信号が赤だと、車が来る気配が全くなくても、信号が青に変わるのを待っている人々が随所に見られた。外国風に赤でも車が来なければ渡るという習慣が付いている私には、これは驚きだった。松本では横断歩道に立つと、車が自発的に止まってくれることも何度かあった。どちらも東京ではあまり見かけないことである。松本市民のお行儀の良さ、ゆかしさを感じた。

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道を歩いている間に何軒かレストランを見かけた。一人旅のつらいところは、ちゃんとしたレストランに入りにくいことである。一人で分かりにくい英語の料理を決め、チップのことまで考えるのは、ちょっとしんどいのである。おいしい料理は人と一緒に語らいながら食べるものだろう。一人だとかえってわびしくなる。私は人恋しい人間なのだ。わびしいのは嫌だ。結局食べたのは、ホテルのあるアールズコート駅周辺のファーストフード。一人旅の日本人女性と知り合って一緒にレストランへ、なんてことは、イタリアに旅したときは何度かあったけれど、今回は考えないことにしよう。

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地下鉄や町で驚くことは人種の多様さだ。極東系、インド系、中近東系、アフリカ系と様々である。中国語やアラブ系の言葉も聞こえてくる。かってイギリスは大英帝国に日の沈む時無しと言われたほど、世界中に植民地を持っていた。植民地が独立していってもかってのつながりから、様々な人種の人々がイギリスに来て働いている。これはなかなか壮観である。東京あたりも外国人が多く見られるようになった。この趨勢はどんどん進んでいくだろう。トラブルも増えるだろう。だがそれを乗り越えていくことが未来の発展に繋がっていくのだろう。

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6月6日 ベーカー街

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宿付近の街並み

ホテルの部屋に荷物を置いて夕方6時、早速町に出る。目指すは地下鉄ラドブロークグローブ駅の近くにあるという地図専門の書店。図書館から借りたロンドン案内の本に載っていたもので、慌ただしさに紛れて書店の名前を記録し忘れた。駅のすぐ前にでもなければわからないし、店ももう閉まっている可能性は大きい。でも夕方6時過ぎからほかに行く当てもないので、ロンドンを初めて歩いてみるというつもりで、切符を買って乗り込む。

目当ての書店は結局わからなかった。地下鉄の駅の周辺には警官がたむろして何か警戒している様子、おまけに飲食店以外は閉店していたので、あまり探し歩く気にもなれず、また地下鉄に乗る。そう、危ない、と思ったら近づかないこと。一人旅だとそのあたり、敏感になる。

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イブキトラノオによく似ている花。グーグルアースには、ロンドン各所の写真がいっぱいある。それをコピーしてもいいのかも知れないが、自分の撮った写真にこだわることにする。

今度の行く先はベーカー街。シャーロックホームズ博物館は閉まっているだろうが、そのあたりの町並みを歩いてみたくなったのである。私はシャーロッキアンではないがホームズものは全部読んでいる。一応あいさつ代わりにベーカー街へ、ということ。思えばロンドン市内の地名はほとんどホームズものを読んでの記憶である。パディントン駅、チャリングクロス街、ケンジントン・・・・ベーカー街をぶらぶら歩くだけでいい。

このあたりには煉瓦造りの瀟洒な建物が多い。それぞれ雰囲気がある。カメラを持ってきていれば何軒か撮影したくなるところだ。何ごとも明日のお楽しみ。所々に二階建てバスの停留所があり、乗ってみたくなる。でも料金システムとかコースとか分からないことだらけ。今日は地下鉄で迷ったばかりだからもう迷うのは十分、明日の楽しみにとっておこう。

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キンシバイに似ていますね。

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6月6日 ロンドンにて

ロンドン第一日目、4時過ぎにヒースロー空港から地下鉄で、宿のあるアールズコートに向かう。と書けばいかにも何事もなくことが進んだように見えるがとんでもない。成田空港で両替したので、紙幣ばかりで小銭がない。それがつまずきの始まり。紙幣を入れてお釣りがでるタイプの自動発券機には、中心部の第一地区への案内表示ばかりで、第二地区への表示がない。表示されたいくつかの文字列の中を探してうろうろしていると次の人の列が出来る。後で分かったことだが、他の地区、と言う表示があったのだ。それを押して第二地区を選べばよかったのだ。その時には頭が働かず、キャンセルして場所を譲り、もう一度やり直す。まだわからない。結局近くの案内所で両替して、コインによる発券機で切符を買った。

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地下鉄地図

でも次に乗ったときには紙幣での発券機で日本語表示への切り替えが出来ることがわかり、はじめの苦労が嘘のようにスラスラ進んだ。知らない土地に来て迷うのは当たり前。それを乗り越えると小さな自信になり、その繰り返しが知らない町を一人で歩きたいという気持ちに繋がっていくようだ。

地下鉄の車両はどこかこじんまりして意外にこぎれいだ。、ロンドン中心部にはいるまでは地上を走っているので、外の景色を見ることが出来る。線路の脇の土手沿いにエニシダらしい灌木が黄色い花を付け、ガマズミのような白い細かい花を房状に付けた木もある。薄紫のシソ科の花に似た花もあり、電車から降りて詳しく見たくなった。イギリスでも6月は花の多い季節だとか。ペンブロークシャーに行ってからが楽しみだ。

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日本で二泊予約したホテルは静かなホテル街にある。ロンドンは地方に比べてホテルが高いというが、予約した部屋は一泊10800円、バストイレ付きと言ってもバスはなくシャワーのみ。でも部屋は日本のビジネスホテルよりは広い。何事もおおらかでせせこましくないのだ、と思うことにする。いい方に解釈することは楽しく旅を続ける秘訣である。夕方飛行機から降りたばかりのつかれた身体で、案内所に当たって宿を探すなんて気にはなれないのだから、しかたがない。


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