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2009年8月

イギリス徒歩旅行 フットパスを歩くー11 飛行機の中で

私の席は後方、窓際の一つとなりだった。窓際は若い日本の女性、普通そんなことはないので確かめるが間違いはない。ちょっと気の毒だが仕方がない。

離陸してみるとあちこち空席が目立つ。そのうち空いた席に移ろう。話しかけてみると笑顔で答えが返ってきた。言葉にはちょっと舌っ足らずのところがあり、中国人かも知れない。でも言葉がつかえることはなく、日本女性の個人差の範囲に属するような気がもする。そこで日本人として話すことにする。

東京の大学院生、ドクターコースにいるが、博士論文は難しいので出さないかも知れないと言う。話の中で自分から外国人で北京から来た、と言った。日本語が上手だ。日本の大学に留学して8年ぐらいになるそうだから、当たり前か。自分のイントネーションがちょっとおかしいのを気にしていた。専攻は経済、大学の教員を目指す気はないと言う。中国に帰って企業にでも勤めるのか。お金持ちのお嬢さんの日本遊学、と言う感じがしないでもない。ロンドンでは友達のところに滞在するという.。

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ジギタリスが咲く野原

座席の前に10インチほどの小さいテレビ画面がある。肘掛けに、電話の受話器のような取り外しの出来る操作盤が着いているので、それで日本語の映画のメニューを選んで、見たい映画を捜す。

ハリーポッターの2があった。レンタルビデオで見たいと思っていたので、見始める。はじめは真面目に見ていたが、画面が小さすぎて疲れるし、集中できない。で、眠ってしまったらしく、気が付いたらもう終わりの場面だ。

座席を移動する人が出てきたので、私も移ることにする。真ん中の座席は肘掛けを上げればベッドになるのでもう占領されていた。窓側の二つ並んだ席が空いていたのでそこに移る。

私はどこででもすぐ眠れる方なのだが、飛行機の中ではいつも眠れない。席と席のあいだの肘掛けを倒して横になっても、窮屈で眠れそうもない。それに天井の灯りは読書用のランプではないらしく、操作できない。窓のブラインドを少し開ければ、昼間だから明るくなる。でも本は読みにくい。結局機内での12時間は退屈するように出来ているのだ、と思って諦める。

機内食は二回、そのほかジュースやらコーヒーやら何回か運んできて、いるかどうか聞いてくる。しょっちゅう何か飲んでばかりいるようだ。おやつも一度運んできた。乗務員14人の内8人が日本人で、主任も日本人のようだ。日本人には乗り心地のいい航空会社だ。

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スカピオサ(マツムシソウ)が咲く野原

通路を挟んだ隣の席で横になっていた中年の日本人らしき女性も退屈しているようなので、話しかけてみる。
やはり日本人でロンドンで働いていた娘が日本に帰るので、片づけを手伝いがてらロンドンに遊びに来たという。毎年のように海外旅行をしていて、行った国を訊ねたらヨーロッパの国々の名前を10前後挙げた。

ご主人の仕事は書家だという。学校の先生を途中で辞めて、カルチャースクールで教えたり、自宅でも教えていて、今は不景気のため生徒数が減り気味で大変なのだという。それでも海外旅行?私も事情は同じかもっとひどいので、人のことは言えません。彼女自身は家具に絵を描く仕事を人に教えているが、小遣い稼ぎ程度だとのこと。

トウールペインテイングか、と聞くとそうだという。普通はそんな言葉があることを知らない人が多いのに、と感心された。実は私も家内も手仕事を、とこちらの事情も話していく。なんだか似たような境遇なのだ。

書家というと何となく人格高潔の人のような気がする、と話すと笑い出して、全く違うという。生徒さんは女性が多いというので、怪しいことはないのですか、と聞くとまた笑いながら、そんなことはないみたいとすましている。この人も静かで明るく、また呑気そうにも見えるので、深刻な事態に陥らないで人生を渡っていく人のようだ。

ヒースロー空港に無事到着、地下鉄の駅までかなり歩く。

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イギリス徒歩旅行 フットパスを歩くー10 簡単な自己紹介

荷物は出来るだけ少なくして

 毎日背負って歩くのだから荷物は出来るだけ軽くて少ない方がいい。湖水地方を二日歩いてロンドンに戻ってくることになったのは、ヴァカンスシーズンに入って急に観光客が増えたこともあるが、さすがに疲れてしまって、もう一日重い荷を背負って歩く気力を失ったからだった。その前日の峠越えでは、平地を歩いているときでさえ他のウォーカー達にどんどん追い越されていた。ケジックの宿に二泊し、そのままロンドンに戻ったのはやむを得ないことだった。

イギリス人のおしゃれと食べ物

 私はおしゃれなイギリス人に一人も会わなかったような気がする。全く実質的な国民で、その点私にはとても居心地がよかった。私がおしゃれだったとしても、毎日重い荷を背負って歩いているわけだから、相当くたびれた姿をしていた。おしゃれどころではない。食べ物については高級レストランなどに入らなかったから、とやかく言う資格はない。有名なフィッシュアンドチップス(魚のフリッターとポテトチップ)はかなりの量でおいしかった。キューガーデンで注文したスコーンはボサボサで、リスの餌と化した。イングリッシュブレックファーストは初めはおいしかった。でも毎日では嫌になる。どんなものを食べていたか、日記の中で明らかになるはずだ。

簡単な自己紹介

 さてここで私自身についても紹介しておかなければならない。定年でもないのに三週間も留守にしている。おまけに格安航空券が新型肺炎のせいで安くなっているから旅に出よう、なんて考えているところを見ると豊かではないようだ。掛川(静岡県)だの小平(東京都)だのという地名も出てくる。四国遍路にも行っている。何者だ?

 私はちょっと変わった人生行路を歩いているかも知れない。でもごく普通の人間であることは多くの友達が認めてくれるだろう。普結婚し、仕事をし、子供達を育てて世に送り出し、今は母親の介護を行っている。

 仕事は竹細工、毎月二週間ずつ静岡県掛川市の奥の山村と家族の住む東京小平市の自宅に住んで、その間を車で往復して暮らしている。家族といっても今は家内と現在要介護3の母親の3人暮らしだ。仕事はどちらででも出来るが、材料は掛川の仕事場の近くで自分で調達するので掛川の方が中心だ。以前は家内と子供達四人、みな掛川で暮らしていたが、今は私一人で往復してもう十六年になる。掛川では三食自炊、竹の屑や薪で五右衛門風呂を湧かしている。小さな畑も作っているが、最近はイノシシやハクビシンにやられるので、作れないものが多くなった。

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家内は人形作り、和紙を貼り重ねた紙塑人形や張り子で子供や動物を作っている。私の方は花かごや手提げかご、灯りなどを作ってきた。二人とも家でやる仕事なので、子供を育てるのはいつも二人掛かりだったから、貧しかったが楽しくやれたと思う。作品は常設しているところもあるが、展示会中心で、一緒に個展をしたり別々にしたりして、初めの頃は掛川で、その後静岡や東京その他で、年に二,三回はやっている。

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 何で竹細工を始めたかと言えば、自然の豊かなところで暮らしたかったから。そのための生活手段として偶然竹細工に出会った。二十六,七年前、島根県の石見銀山に三年ほど住んだときのことだ。家内もその頃やはり偶然に今の仕事に出会った。家内の方は本当に仕事が性にあっていたらしく、仕事をやっていさえすれば幸せという人だ。私の方は本を読む方が好きかも知れない。掛川では一人暮らし、テレビもないので仕事を終えると本を読む時間はたっぷりある。掛川の図書館と小平の図書館を利用すれば、かなりの本が読める。家内には、それほど本を読むなら自分でも何か書かなければ人生で採算がとれないじゃないの、と言われたりするが、それにはグーの音も出ないでいる。

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仕事場からの眺め

私に普通以上の才能があれば、いろいろ苦労をしなかっただろう。大して才能もない人間が、自然の豊かなところで暮らしたいなどと夢のようなことを考え、それを実行するから、苦労するのも当たり前だ。でも今まで多くの人に助けられてきた。島根でも掛川でも。様々な人々の親切を身にしみて感じて来ている。これは私たちにとって何にも勝る財産だと思う。それに時代もよかった。子供達が巣立つまでの間、つい二,三年前までは作品もよく売れた。

 だが世の中のデフレ傾向が顕著になってくると、ある程度高価にならざるを得ない手仕事は苦しくなる。家内の人形は実用品でないからまだいい。私のものはずっと実用を目指してきているので、影響が大きい。この五年ほどいろいろ新しい試みを繰り返してきて、クラフト展に入選したりもしている。でもその程度ではとても及ばない。仕事の上での新展開が望まれるところだ。自営業だから時間の自由が利く。六月七月は例年なら仕事に追われる季節だったが、このような事情もあって、フットパスを歩く時間的余裕が出来たのだ。

 では、そろそろ出発しよう。何か忘れ物は? 思いつかない。まあいいさ、現地でも買える。かなり重くなった荷物を背負う。十五キロだ。荷を背負うと気持ちが引き締まる。朝の空気は爽やかだ。駅に向かって歩き出す。

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イギリス徒歩旅行 フットパスを歩くー9 出発前の準備-2

地図と磁石

 地図と磁石はあらかじめ想像していた以上に重要だった。日本で山登りをするとき、登山地図と磁石は必ず持っていく。でも磁石はほとんど使わない。登山道はよく整備されているし、高山帯では樹木限界を超えているので見通しが利き、周りを眺めれば自分の進む方向がよく分かる。でもフットパスでは標識はほとんど無いし、歩道が交差しているときもあるから、地図と磁石でしっかり確認しなければ道に迷ってしまう。歩きの旅で道に迷ったら、戻るのが大変だ。

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 地図はフットパスの案内書によれば三コースで二万五千分の一の地図が十枚必要だ。これはどんな地図だか見当もつかないので、ロンドンで買うことにした。チャリングクロスロードには多くの書店がある。そこで初めて地図にお目にかかった。OS(英国地理調査所)の二万五千分の一の地図だ。かなり大きくてかさばる地図で、十枚というより十冊だ。そこで、一部を五万分の一の地図やなどにして、六冊に抑えた。でもこれは失敗。本当に詳しい地図が必要だった。地図と磁石の使い方のいい加減さが、私の道に迷い続けた最大の原因だ。

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磁石はオリエンテーリングをやっていた長女からもらった磁石を持っていたが、掛川に忘れてきてしまった。かわりに安物の磁石を持っていったが、すぐ無くしてしまった。そこで湖水地方のフットパスの入り口、ウルヴァーストンの山用品店で磁石を買った。スウェーデン製で十ポンド、二千円だ。高い、と思ったが、実際に使ってみるとなかなかの優れものだった。長方形のプラスチックで出来た磁石の枠に、五万分の一と二万五千分の一の地図上での、一キロの長さの目盛りが両側についている。地図に目盛りを合わせると,目標地への距離と時間が推定できる。それが実際必要なのだ。何分歩けば分かれ道に出るか、時計と見比べて歩けば推定できる。そんなことが必要になる。だから地図も二万五千分の一の地図が必要になる。

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イギリス徒歩旅行 フットパスを歩くー8 出発前の準備-1

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え?わらび?


格安航空券はHISで購入した。ついでにロンドンのホテル二泊分と旅行保険、ブリットレイルフレキシーパス。これは有効期限二ヶ月で、その間に四日だけ使えるというもの、日本国内でしか買えない切符だ。ロンドンを発って三ヶ所の長距離フットパスを巡ってロンドンに戻るとちょうどぴったりの日数になる。これを全て国分寺のHISの代理店で購入した。

インターネットでイギリス国鉄の時刻表を調べた。発車時間はそのままだったが四回乗った内、二回列車が遅れた。時間通りには行かないのが旅だ。でも前もって調べて置くと、計画が立てやすくなる。土曜日曜はダイヤが違うので要注意。これもネットで調べられる。

旅行に持っていったもの

日本円十二万円ほどを成田空港でポンドに替える。今1ポンドはおよそ200円で紙幣は50ポンドが多く、20ポンドと10ポンドの紙幣が少し。クレジットカードと50ポンド紙幣は胴巻きにいれて腰に巻き、少しずつ財布に移して使うことにする。

 私は字が汚い。自分で書いていて嫌になる。だから近頃書くと言えばもっぱらパソコンを使っている。長いメールを書くのは大好きだ。いつもノートパソコンを使っているので、それを持っていけばいい。それなら汚い字を見ないで済む。これは結局失敗だった。いつでもどこででも書けるのは大学ノートだ。汚い字は我慢すれば済む。重い荷にあえぐよりはいい。

入れ物は山用のザック。一人で歩く旅ではこれしかない。いわゆるバックパッカースタイル。フットパスでは歩く人々はザックの大きさはそれぞれ違ってもみんなこのスタイルだった。私は旅行途中で小型のデイバッグを買った。宿に荷を置いて歩き回るときに不可欠だった。でも初めから持っていく方がいい。それを機内の手荷物にすればいい。使わないときはザックに詰められる。イギリスでは街の中でも老若男女デイバッグを背負っている人が多い。両手が使えるから楽なのだ。

衣類は途中で洗濯しやすいように化繊入りのズボン一着。換えは無し。長袖、半袖,Tシャツ一着ずつ。ジョギング用パンツ、下着3組、靴下その他。雨具はレインスーツと折り畳み傘。

靴はトレッキングシューズ、くるぶしまで覆うブーツスタイルの防水のもの。四国遍路もこれで歩いた。私は時々走るつもりだったのでジョギングシューズも持っていった。スリッパ、飛行機の中でも宿でも便利だった。バッグパックにトレッキングシューズスタイルだと、税関でも入国検査でもフリーパスに近かった。

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桜草の仲間

英語のフットパスの案内書と普通の日本語のイギリス旅行案内書。私が買ったのは実業之日本社の「わがまま歩き、イギリス」ブルーガイドシリーズだ。これは個人旅行者のための案内書と銘打っている。電話のこと地下鉄のこと、かなり詳しい。それでもとまどった。イギリスは初めてで何もかも分からないことだらけだから。それに小さな英和辞典、大学ノートその他筆記用具も必要だ。

一眼レフとデジタルカメラ。ノートパソコンは結局デジカメのファイル置き場に化した。小鳥を観察するための双眼鏡。意外に使わなかった。双眼鏡を探している内に小鳥がいなくなってしまったから。機内で退屈しないために文庫本を二冊持っていったが、全く読まなかった。小さな水彩セット一式を持っていったが、一枚しか描かなかったので、スケッチブック共々無駄だった。

薬その他。消毒薬。マメが出来たときは針で刺して水を抜く。針に塗り、傷に塗るため。マメ防止にはニベアのようなクリームをマメの出来そうな部分に塗りつけるといい。傷テープを巻いてもいい。バンドエイド。正露丸を小袋に入れて持っていったが、臭いだけで使わなかった。小さな裁縫セットは大いに役に立った。

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イギリス徒歩旅行 フットパスを歩くー7 誰のために

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サクラソウの仲間

誰のために?

では日本でどんな人たちがフットパスを歩こうとするだろうか。日本でも確実に歩く人たちが増えている。実際四,五十日はかかる四国八十八ヶ所巡りを歩く人たちもあんなに増えているではないか。遍路道を歩き終えた人たちは、きっと歩く旅の魅力を知ったに違いない。

それに早朝散歩をしている人も多い。ほとんどが私と同年輩の中高年だ。それにフルマラソンの大会や、南アルプスでも中高年が目立つ。

今、私の高校や大学の同級生達も定年退職の年齢だ。私には定年はないが、子育ては終わっている。子育てが終わってしまえばかなり自由になる。元気でいられる歳月も二十年近く残っている。

残りの人生を、世界を知ることと自分を知ることに費やせれば最高ではないか。外国を歩く旅はそのための最高の手段かもしれない。そう思う人もかなりいるのではないだろうか。そんな人たちに勇気を与えるような入門書を書こう、これが生来の楽天家である私の結論だった。

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マツムシソウの仲間

虫がいい、極楽トンボだ、身の程知らず、そんな声が聞こえないわけではない。でも私はそんな声をいつも無視して生きてきた。だから失敗も多い。思い出せば顔が赤くなるようなことを数知れずやってきた。

でもまだ生きている。世界は私の前に開かれている。その世界は異文化の世界、自然の世界、歴史の世界、人との交わりの世界であり、その中に感じたり考えたりし、それを書こうとする自分自身がいる。今年は還暦ではないか。新しく生まれ変わるつもりで、今開かれた世界に飛び込んでみよう。


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イギリス徒歩旅行 フットパスを歩くー6 フットパスの入門書

どうしてこんなに欲張ったかというと、フットパスの入門書を書こうという気持ちになったから。初めはロンリープラネット社の本を翻訳してみようと思った。でも五百六十ページに及ぶ本である。

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歩く旅行さえあまり普及していない日本で、海外旅行もツアーで行く人が多い日本で、そんな本を今翻訳して売れるだろうか。売れそうもなければ出してくれる出版社もないだろう。

今日本に必要なのは、もっと簡単な案内書、というより入門書、イギリスで実際に歩くことはどんなことなのか、どんなことが起こるのか、読者にイメージを与えるような本だ。

市村操一氏の本はなかなか立派な本だ。いくつかのコースの一日行程を歩いているようだ。彼は大学の先生で海外旅行には慣れている。それに英語もペラペラのようだ。私のような日本に埋もれている普通の人間とは違う。

私の方は英語もようやく用事が果たせるという程度だ。私に普通じゃないところがあるとすれば、年齢不相応の体力と歩き慣れていることぐらいだ。でもその程度なら毎朝散歩したり日本のアルプスに登ったりする中高年なら、みな同じレベルだ。

そう、私は元気が取り柄の人間だ。そんな人は大勢いる。でもそれは逆に強みにもなる。

私が一人で出かけてフットパスを歩いて、その時に起こったことを日記のように書いていけば、旅慣れない人でも実際にどんなことが起こるのか想像できるではずだ。イギリスの田舎を実際に歩く旅の実況中継のようなものだ。

私は人一倍おっちょこちょいで、それでいて楽天家と来ているから、もともと失敗の多い人間だ。その上困難な状況に陥ると、うろたえて一層ひどい失敗をする傾向がある。ちょうどいい。失敗が多いほど、読む人は自分でも出来ると思うだろう。

私は本を書いたことはない。でも日記のように毎日起こることを記述するだけなら私にも出来るかも知れない。もし本が書けなくても、フットパスを歩くことは楽しみだ。それだけでも最高の旅だ。そんな気持ちで旅を計画した。

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イギリス徒歩旅行 フットパスを歩くー5 新型肺炎

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新型肺炎

フットパスのコースを検討しているとき、新型肺炎の騒ぎが起こった。
世の中は不要不急の海外旅行は控えようと言う風潮だ。
ネットでロンドンへの格安航空券を調べると、
新型肺炎のせいで運賃が安くなっている。

ヨーロッパ系の航空会社、北回りロンドン直行便で往復
6万円台だ。
私が行くなら今がチャンスだ。

幸い日本には一人も患者が出ていない。
イギリスでも一人か二人のようだ。
日本からイギリスに直行するなら問題はないはずだ。
それに航空運賃が安い分、旅行期間をのばせる。
こうしてフットパスの旅は欲張りなものになっていった。

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コッツウォルズの小さな家

三つのコース


予定は三週間、
コースはイギリスの西の端、ウェールズの海岸を歩くペンブロークシャーコーストパスと、

イングランドの南西部、近頃美しい田園風景で人気のコッツウォルズ地方を歩く道、

イングランド北西部、スコットランドに境を接する湖水地方、いわゆるピーターラビットの世界を歩くカンブリアウェイの三つ。

それぞれ十五日、七日、五日間のコースだが、五日間づつ歩くことにする。

コッツウォルズ地方でも湖水地方でも、フットパスはイギリス観光案内に載っているような有名観光地を故意か偶然か避けている。歩くことと観光地巡りとはそぐわないのだ。

市村操一氏の本にもコッツウォルズの有名観光地の人混みと喧噪が描かれている。

そんなところは歩きたくはない。
その地方のごく普通の風景の中を歩く方がいい。
その方が本来のその地方の良さを味わえる。

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イギリス徒歩旅行-4 還暦

P7153419bbb  フットパスの標識


今年、私は還暦になる(旅をした6年前)。特別な年だ。
人生でたった一度の特別な年だ(本当は毎年そうなんだけど)。赤いチャンチャンコを着るなんて風習もあるぐらいだから、普通じゃない。
子供の頃歌った童謡に、今年六十のおじいさん、という歌があった。
私はおじいさんだろうか。確かに孫が一人いる。
でも自分にはおじいさんになったという感じがしない。
ある説によれば昔より十歳若くなっているという。そうだろう。
私は年に二回はフルマラソンの大会に参加している。
勿論タイムはひどいものだ。
でも今のところ何とか五時間以内で完走している。
夏には毎年のようにテントを背負って南アルプスに登っている。
マラソンも登山も今や中高年の世界だ。
でも還暦は還暦だ。
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崖の上の標識、「崖が君を殺すぞ、道を守れ」

由来事情は詳しくは知らないが、十干十二支が六十年で一回りするので、
元に戻って生まれ変わる、そんな風なものだと理解している。
赤ちゃんにかえるのだからチャンチャンコを着るんじゃなかったろうか。
今風に言えば、大いなる飛躍の年、そう、あの世まで飛んでいってもいい年だ。
なにか記念になることをしたい。それに仕事の方が息詰まってきている。
こんな時は今までのペースで頑張っても駄目だ。
仕事とは全く違う方向のことをやってみる。
の方が新しい感性が生まれることもある。生まれないことも・・・
でも何かやってみることだ。やらなければなにも生まれない。
よし、イギリスに行こう。フットパスを歩いてみよう。

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イギリス徒歩旅行-3 四国遍路

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私には歩く旅については特別な思い入れがある。若いときから歩く旅が好きだった。学生時代ユースホステルを利用してあちこち一人旅をしたとき、一日まるまる歩く日を設定したりした。そんな時に歩く道は海沿いの、バスも通らないような道だった。私は三陸海岸に生まれているせいか、リアス式海岸のような入り組んだ海沿いの道が好きだ。その後二十代の終わり頃に四国の八十八ヶ所遍路をしている。全コース歩いて二ヶ月近く、その時は米軍払い下げのダウンの寝袋を持っての旅で、ユースホステルがないところでは廃屋や橋の下などで眠っていた。飯ごう持参で、焚き火で自炊しながらの旅だった。

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海岸パスに多かったジギタリス

二年前の秋、思うところあってまた四国遍路を試みた。三十年ぶりだ。今度は山用の軽いテントと寝袋持参、食事はコンビニなどでおにぎりやサンドイッチを買って食べるやり方で、六日テントに泊って一日遍路宿に泊ると言うようなペースだった。昔のような銭湯はなくなっていたが、所々に日帰り温泉のような施設があり、それほど不潔にはならなかったと思う。南アルプスに毎年のようにテント持参で登っているので、テント暮らしには慣れていた。だが今回の遍路の旅は状況が違った。テントを張って途中で買った夕食を食べると、もうすることがない。暗くなれば寝るしかない。三時頃には目が覚める。朝食を食べるとすることがないので、暗い内からテントを畳んで出発することになる。すると連日四十キロ前後歩くことになる。徳島、高知と歩いて、二十日ほどで愛媛県の松山を過ぎてしまった。あと十日もあれば遍路を終えてしまう。そんな時小指に出来たマメが悪化した。伊予北条で外科医に診てもらうと、その場で切開してくれた。だが毎日外科医に診てもらって、一週間は消毒しなければならないと言う。そこで遍路は諦めた。次の機会があるだろう。

 三十年ぶりで歩いた遍路の旅で驚いたのは、歩き遍路が多くなったことだ。三十年前に歩いたときは歩き遍路はきわめて少なくて、出会ったのは一周して数人という感じだった。遍路と言えば自家用車か団体バスツアーの遍路だった。ところが今回は毎日数人の歩き遍路に会う。老若男女、若い女性の一人旅もある。夫婦で歩く人も多い。世の中が変わって来ている。

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フウロソウの仲間

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イギリス徒歩旅行 フットパスを歩く-2

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玉川上水緑道

日本のフットパス歩くためだけの道は、私の住む小平市にもある。玉川上水沿いの緑道だ。小学校の頃はその流れに落ちたら助からないから、近づかないようにと言われていた。

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江戸時代以来の上水道としての役割が終わるとともに、

周囲が整備されて上水沿いの遊歩道が作られた。

吉祥寺の井の頭公園から拝島まで、

歩道の長さは二十キロ以上あるかも知れない

小平にいるときには私は毎朝のようにその道をジョギングしている。

今では少なくなった土の道だ。

上水の流れと道の両側にはクヌギやイヌシデ、

コナラのような落葉樹が並び、雑木林のような雰囲気だ。

こんな道がイギリス全土に広がっているとしたらすごいことだ。

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イギリス徒歩旅行、フットパスを歩くー1

これは2003年6月のイギリス旅行の記録です。

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第一章 旅の準備

フットパス

イギリスに旅行しようと思ったのは、フットパスのことを知ったからだった。
今年になって掛川市の図書館で一冊の本を見つけた。
「誰も知らなかった英国流ウォーキングの秘密」市村操一著、山と渓谷社、だ。

私は昔から歩くのが好きだ。だから借りて読んでみた。
そこにはイギリスのフットパスのことが記されていた。

フットパスとは歩くための道。
イングランドとウェールズだけで17万キロ近くのフットパスがあるという。
でもイメージが湧かない。
車の通る道以外に、延々と人が歩くだけの道が続いているのだろうか。

そんなことってあり得るのか。

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河口近くの橋?満潮時には沈んで渡れない。

その頃、新宿南口の紀伊国屋で「Walking in BRITAIN」という
lonely planet社の本を見つけた。
560ページに及ぶフットパス専門の案内書だ。

この本には五日以上かかる遠距離歩道コースが、
イングランド、ウェールズ、スコットランドで十六ヶ所も記されている。
そのほか四十に及ぶ日帰りフットパスのコース。

後で知ったことだが、他の本によれば500の長距離コースもあるという。
歩道のネットワークがあるのだから、コースの取り方でいくらでも増える。

すごい。

イギリスのフットパスを歩いてみたい、そんな気持ちになったのは、
コースの中に海沿いのコースがあったからだった。
ウェールズのペンブロークシャーコーストパスは国立公園の中を通り、
ギリス有数の海岸美の道だと記されている。
全コースを歩けば15日、その半分でいい。

Makiba

牧場の中のフットパスは中央の踏み跡。

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